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第11話買い物

 悩み迷いそして、俺は奏さんの腕を掴み歩くことにした。  こうしないと確実にはぐれそうだ。  それだけ駅前は人が多い。まあ当たり前なんだ。  デパートに家電量販店、色んな路面店が集中しているから。  人に酔いそうになりながら、俺は奏さんと共に通りを歩いた。  今日は少し暑くて、歩いているとじわり、と汗が出てくる。 「ねえ、緋彩。僕は服を見に行きたいんだけど、いいかな?」 「あ、はい。俺は、どこでも」  俺が頷いて答えると、奏さんは、デパートに行こう、と言った。  デパート。  俺はあまりなじみがない。  デパートで売ってるものってみんな高いよな……とか、俺が行っても場違いじゃないのか、とか色々考えてしまう。  そういえば、俺も蒼也も昔はデパートで服を買ってもらっていたような気がする。  母親は俺の事を疎んではいたけれど、だからと言って、着るものとか持ち物に差をつけることはなかった。  思い出すと心が痛い。  ――俺が、こんな力を持たなかったら、もう少し母親と仲良くなれただろうか?  そう思いながら俺は、空いている左手を見る。  黒い手袋をはめた手は、呪われた物のように見える。  母親にはもうだいぶ会っていない。  会いたいとも思わないし、できれば、このまま会わずにいたいとも思う。 「緋彩」 「うわぁっ!」  急に名前を呼ばれそして、奏さんは立ち止まる。  ぶつかりかけて俺は、思わず悲鳴を上げてしまった。 「ど、どうしたんですか、いったい」  尋ねると、緋彩さんは俺へと手を伸ばしそして、身体を引き寄せてくる。 「なんか震えてるみたいだったから。大丈夫?」  俺の耳が、奏さんの胸に当たり心音が直に聞こえてくる。  震えてる。俺が? ただデパートに行くだけじゃないか。  言われて初めて自覚する。  確かに、俺はわずかに震えていた。  何でだよ、俺。  母親のことを思い出して、トラウマ刺激されてるのかよ。  俺はそっと奏さんの身体を押し、 「だ、だ、大丈夫ですから」  と、震える声で伝える。 「デパートはそこまで混んでないと思うから、早く行こうか」  俯きながら俺は、奏さんに腕を引かれながらデパートへと向かい歩いた。  足元に映る風景が変わり、俺はゆっくりと顔を上げる。  明るい店内。  化粧品の匂い。  目に映る人々が皆、輝いて見える。  奏さんの言う通り、店内はそんなに混みあっていなかった。  外に比べたらずっと涼しい。 「あの、奏さん」 「何?」 「行くの、何階ですか?」 「四階だよ。エスカレーターで行こうか」  と言い、奏さんはフロアの中央部分にあるエスカレーターへと向かって歩いて行った。  よかった。  エレベーターは苦手なんだ。ボタンを触っただけで壊してしまいそうで。  もしかしたら、気を使ってくれたのかもしれない。  エスカレーターを上り、紳士服フロアにたどり着く。  奏さんの目的の店に着き、彼が服を見る横で俺もいろいろと物色することにした。  わりとシンプル目なデザインなので俺でも着られそうだけど……Tシャツ一枚に八千円とか無理だ。  俺が着てるの、高くても一着二千円くらいだぞ。  奏さんはシャツとジーパンを買い、店を後にした。  デパートって……お見送りなんていうシステムがあるんだな……お会計の後、店の外まで送られてちょっと驚いた。  奏さんから手を離し、隣を歩きながら、俺は彼に尋ねた。 「あの、よく来るんですか、ここ」 「え? そんなには来ないよ。シーズンに一回かな。やっぱり長く着られるから。それ以外は、ファストファッションで済ましてるし」  そっか。それでも俺には高すぎるので、手は出ないけれど。 「そんなに買い物来ないって言ってたけど、普段どうしてるの?」 「ほとんどネットで済ませてます。そんなに体型変わんないし……」 「体型変わんないのはいいなあ。緋彩ってけっこう細いよね。ちゃんと食べてる?」  その問いに、俺は黙り込むしかなかった。  この一週間ほど、俺はろくに食事をとっていない。  だから正直痩せたかもしれない。たいじゅう計ってないけど。 「お昼、食べられそうなら一緒に行く?」 「え……あ……」  お昼を食べに行く。  べつに特別なことじゃないのに、俺は戸惑いを覚えてしまう。  今日は初めての事ばかりだ。  人と買い物に来るのも、食事に行くのも。どれも初めてで。  俺は頷き、 「行き、ます」  と、とぎれとぎれに言った。  すると奏さんは微笑み、 「じゃあ、まだ少し時間があるから、他のお店、見に行こうか」  と言い、俺の腕を掴んだ。  デパートの後、家電量販店に行きゲームとか見て。お昼を食べて、結局一日中、奏さんとずっと一緒にいた。  十七時を過ぎ、疲れた俺を、奏さんが送っていくと言い出した。 「でも……」 「疲れてるみたいだから……ごめんね、色々連れ回しちゃって。バスで帰すのはちょっと僕としては嫌かな。車の方が早いよ。うち、ここから近いし」  確かに疲れている。  でも、楽しかった。  俺は奏さんの申し出を受けて、送ってもらうことにした。    奏さんの家は、本当に駅から近かった。  紺色の、ハッチバックの車に乗せられ、車は動き出す。  途中、スーパーで夕食を購入して、家に着く。  オレンジ色にそまる家に、車は止まっていない。  よかった。  蒼也は来ていない。  ほっとして、俺は大きく息をつく。  その様子に気が付いたらしい奏さんは、 「駐車場に車いれて大丈夫?」  と言うので、俺は黙ってうなずいた。  駐車場に車が止まり、エンジンが止まる。  俺は手袋をしたままの手を見つめた。その手は小さく震えている。  大丈夫だ。ここに、いない。蒼也は、いないから。 「緋彩。緋彩ってば」  奏さんの声が近くに聞こえ、俺ははっとする。  ばっと横を見ると、すぐ目の前に奏さんの顔があった。  その顔に、心配げな表情が浮かんでいる。 「え、あ……え?」 「震えているから、大丈夫かな、と思って」 「あ……えーと……だ、だ、大丈夫、です」  俺の言葉を聞いた奏さんは、ふっと笑い、 「全然大丈夫じゃないよね」  と言う。  確かに大丈夫じゃない。  手の震えはまだ止まらないし、っていうかなんでこんなにも俺、怯えているんだ? 「帰ろうと思ったけど……でも、もう少し一緒にいようか?」  その言葉に、俺の心は揺れる。  蒼也がいつここに来るのかわからない、という恐怖は常に俺の中にある。  当たり前だ。  ここから俺は引っ越すことはできないし、蒼也はここに来ようと思えばいつでも来られるんだから。 「え……でも……」 「さすがに震えている子を放って帰ることはできないから。君が嫌じゃなければもう少し一緒にいるけど」  奏さんに……蒼也の力も俺の力も通じない。  そうだ、奏さんなら……蒼也に対抗できるんだ。  利用するみたいで嫌だけどでも、俺は、奏さんの申し出を受けることにした。

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