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第13話忌むべき力
あの日から、蒼也からは何の連絡もない。
あいつに何があったのか。俺は何も知らない。
俺に執着するようになったきっかけなんてあるんだろうか?
……子供の頃の事なんて俺、思い出したくもねえんだよな。
あいつが俺を抱くようになったのは、バース性がはっきりしてからだ。
それと何か関係あるのか?
俺からしたら、あいつの行為は性欲を満たすだけの行為にしか思えなかったけど。
あいつはずっと、俺の身体だけじゃなくって心まで支配してきた。
「でも、理由が分かんないと、根本的な解決にはならない……」
確かにそうだよな。
俺と蒼也は兄弟で、離れることなんてできないんだから。
でも今は無理だ。
初めてあいつに抱かれた日の事は、今でも覚えている。
中学二年生のときだ。夜、俺の部屋に突然現れて、あいつは俺に覆いかぶさって。
「緋彩。俺、緋彩が欲しい」
とか言って、嫌がる俺を組み敷いて……
思い出すだけで苦しくなる。
心を支配されて、風呂場に連れて行かれて……そうだ。中に器具を突っ込まれて、お湯を中に入れられて……
やばい、気持ち悪くなってきた。
あいつの力は厄介だ。
俺の想いなんて無視して、俺を無抵抗にさせるんだから。
蒼也は……俺を支配する。
「緋彩、ねえ、緋彩ってば」
手が、背中に触れる。
俺は大きく目を見開き、ゆっくりと顔を上げて隣を見た。
そこにいたのは、明るい茶色の瞳の人……そうだ、奏さんが一緒にいるんだった。
彼は心配げな顔をして、俺を見つめている。
俺の思考は思い出の中に沈み、戻れなくなるところだった。
「あ……」
「大丈夫、緋彩? 顔色が悪いけど」
その問いに、俺は目を伏せる。
大丈夫なわけがない。
蒼也に抱かれていた日々は、俺にとって苦しみの記憶でしかないから。
喋ろうとして、言葉が出ない。
奏さんは、自分の力が役に立つのならと言って、俺に協力してくれている。
だけど……俺の抱えるトラウマに巻き込んでいいのかと思うと……それは違うと思う。
母親とのこと。蒼也との関係。
この手袋を外せる日なんて来るんだろうか。
蒼也が……怖くない日なんて、来るんだろうか。
「すみません……ちょっと、色々思い出して……」
「僕が役に立つのならいくらでも頼って大丈夫だよ。僕は、この力のお陰で疎まれてきたからね。役に立たないって」
それを聞き、俺は目を見開いて顔を上げる。
奏さんは俺の背中をさすり、笑いながら言った。
「あ、アルファなのにって思った? 確かにそうだけど、この力はまた別だからね。キャンセリング能力って珍しいし。僕が触れると、皆無力になるんだもん。そりゃ、嫌がられるよね。呪われた子、とまで言われたよ」
奏さんの言葉に、俺の心は揺らぐ。
俺も、母親に言われた。
お前の力は役に立たないと。
傷つけ、壊すだけだと。
思い出すと今でも恐怖で動けなくなってしまう。
俺にとって母親は……この世で最も忌むべき存在だ。そして、蒼也も。
「アルファってもっと愛されて育つものだと思っていました。弟はそうだったし」
「僕も弟の方が可愛がられてるよ。僕よりふつうだからね」
あ、奏さんも弟がいるんだ。ってことはアルファなのかな。
アルファはオメガからしか生まれない。
そして、オメガから生まれる子供はアルファである確率が非常に高い。
だから俺みたいなベータが生まれるのは珍しくって。
バース性がはっきりしたとき、母親は落胆していたっけ。
父親はそこまでじゃなかったけど。
「でも、奏さんがキャンセリング能力持ってなかったら……大学で俺が暴走しかけたとき、止める事なんてできなかっただろうし、どうなってたかわかんないから」
「ははは。暴走したら、校舎くらい壊れてたのかな?」
「も、もしかしたら……半壊くらいにはなっていたかもしれないです」
正直、俺自身、この力が暴走した時どうなるのかわからない。今まで暴走したことはないことはないけど、大ごとになる前に力を使い切って倒れていたから。
「さすがに入学して早々、問題起こしたくなかったし」
「あぁ、そうだよねぇ。校舎壊したら、停学どころじゃなくなっちゃうか」
退学だけじゃあ、済まなかっただろうな。
……賠償額とか考えたくもない。
「だから……奏さんの力は呪われた物とかじゃなくって……俺にはすごくありがたいって言うか……ないと困ります」
そう俺が言うと、奏さんの手が俺の肩に回り、そして身体を抱き寄せられた。
驚きすぎて俺は大きく目を見開く。え、今、俺、抱きしめられてる? え?
「ありがとう、緋彩ー。そう言われると嬉しいよ」
「う、あ、う……」
驚きすぎて呻き声が出る。
こんな風に人に抱きしめられたのはいつ振りだろうか。
しかも礼まで言われて。
やばい、どうしたらいいのかわからない。
人に触られるのなんて大嫌いで、怖いものだったのに。
抱きしめる腕は全く緩むことはなく、彼は俺を抱きしめたまま笑顔で顔を見つめてきた。
「人に忌み嫌われる力でも役に立つんだなってわかったのは嬉しいよ」
「あ……」
俺の力も人に忌み嫌われてきた。電化製品は壊すし、人を傷つけるし。
……でも、この力が役に立つことなんてあるんだろうか。
……奏さんみたいには無理だよな。
せめて俺が、この力とちゃんと向き合って、怖くなくなればいいけど。
奏さんに抱きしめられると、俺は力のないただの大学生になれるんだ。
そう思うと不思議な気持ちだった。
忌むべき力がなくなるんだから。
「緋彩」
彼は微笑み、俺の目を見つめる。
奏さんの顔は整っていて、モデルみたいな綺麗な顔していて。
明るい茶色の瞳は吸いこまれそうなほど澄んだ色をしている。
この目を見ると、俺がどれだけ穢れているのか思い知らされる。
そりゃそうだよな。十四歳から俺は、弟に好き放題されてきたんだから。
奏さんは唇が付くかつかないかの距離まで顔を近づけ、言った。
「恋人のふりをするって言ったけど、本当に好きになっちゃうかも」
「え?」
今なんて言った……? と聞く前に俺の唇は、奏さんの唇によって塞がれてしまっていた。
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