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第15話好きになっていいんだろうか

 シャワーを浴びながら、手袋をしていない手を見つめる。  風呂で手袋をしてるわけにはいかないから、いつも外してるけど、それ以外の場で外したのは何年ぶりだろうか。  蒼也に力を使いたいわけじゃない。  ただ俺は、解放してほしいだけだ。  もし、今度蒼也が来たら、迷わずこれを使わないと。  じゃないとまた、抱かれてしまうから。  それに今は奏さんがいる。あの人がいるのに蒼也に抱かれるなんて、おかしいだろ。  奏さん……今日、キスされて、嫌じゃなかったな……  俺は素手で唇に触れる。  キスなんて蒼也と何度もしてるけど、全く違う感触だった。  そもそも、傷付けるのが怖くて俺は誰とも付き合ってこなかった。  友達も作らず、ひとりで生きてきた。 『俺は、緋彩の力好きだよ』  幼い頃、蒼也はそんなことを言っていたっけ。  嘘だと思うけど、俺が帯電してどうしようもなくてひとり部屋に引きこもってたら部屋に来て…… 『ホタルみたい』  なんて言って笑顔で見てた。  それなのに。  なんであいつは俺を抱くようになったんだよ。  そうだ。  中学二年のあの日まで、俺たちの仲は悪くなかった。  一緒に遊んだり、ゲームしたり、宿題したりしていたはずだ。  なのになんであいつは……俺にあんなことするようになったんだ。  あの日から全て変わってしまった。  昔がよかった、なんて思わないけど、変わってしまった理由は知りたい。  あいつ、喋るだろうか。  ……そう簡単に口なんて割らねえか。  心が重い。  でも、俺、ちゃんと蒼也と話さないとこの先あいつに縛られ続けてしまう。  俺の後孔からはだらだらと蒼也が出した精液が流れ出ている。  そうだ、これ、綺麗にしねえと。  俺は、湯船を掴み自分で自分の尻に指を突っ込んだ。 「う……あ……」  思わず声が漏れてしまう自分の身体が憎らしい。  でも出さねえと絶対に腹を壊すので、俺は唇を噛み指で穴を開いた。 「んン……かなで、さ……」  思わず呼んだ名前に、自分でも驚いてしまう。  あの人とこんなことをする日が来るんだろうか。  こんなにも穢れているのに?  あの人はいい人だし……あの人なら俺が触っても絶対に傷つけないしそう思うと安心できる。しかも蒼也の力が通じない。  俺が弟に抱かれている、という事を知っても動じないし。  しかも今日、抱きしめられてキスされて。それ、嫌じゃなかったしな……  いいんだろうか、俺。好きになって。  過去に誰かを好きになったことはあるし、なぜか告白されたこともあるけれど、断って来た。  俺は穢れすぎてるし、人を傷つける恐怖がずっとあるから。  でも、奏さんなら大丈夫なんだよな。  俺が好きになっても、良い……のかな…… 「う、あ……かな、で……さ……」  指を後孔に挿れながら、俺は妄想の中で奏さんに抱かれてそのままイッてしまった。  その後訪れる、深い罪悪感にため息をつき、俺は身体を洗い、風呂を出た。  寝る服を着て、タオルで髪を拭きながらリビングに向かう。  課題、やらねえと。  リビングの奥に和室があり、そこが俺の作業部屋だった。  そこには絵を描くための道具が揃えられている。  といっても俺が描くのは主にデジタルアートだけど。  色鉛筆やコピックなどもあるし、それに液タブにパソコンもある。  スマホを見るとメッセージを着信していることに気が付き、俺はロックを解除してそれを確認した。  相手は、奏さんだった。  さっき、彼の事を思いながら自分が何をしたのか思い出し、一気に顔が紅くなるのを感じる。 『今日はありがとう、楽しかった。また、明日大学で』  明日、大学で。  蒼也に今日も抱かれたのに、俺、あの人に会ってもいいのか?  罪悪感が俺の心を支配する。  でもたぶん、あの人は気にしないだろうな。気にしているのは、俺だけだ。  声……聞きたいな。せめて、一日の最後に聞く声は、蒼也じゃなくって奏さんの声がいい。  そう思い、俺は震える指でメッセージを入力した。   『あの、今、話せますか?』  そう返すと、すぐに電話が鳴り、俺はびくびくしながら応答ボタンを押した。 『何かあったの』  電話の向こうで、奏さんの優しい声が響く。  俺は迷いそして、さっき弟が来たことを伝えた。 「蒼也が……来たんです」 『その声の暗さからすると、何かされたって事かな』  そう、その通りだ。 「蒼也は……人の心を少しだけ、操れるんです……だから、触られたら……」 『あぁ、それは厄介だね。ちょっとでも触られたらもう、抵抗できないって事か』  その通りだ。  その効果の続く時間はばらばらだけど、一回触られれば最後、俺はあいつの言いなりになってしまう。 「それで、俺……」  と言い、俺は黙り込んでしまう。  今日の事を内緒にしておくのは嫌で、でも言っていいのか怖くなってしまい、俺は口をぎゅっと閉じる。 『あぁ、もしかして僕に嫌われるとか思ってる? そんなことを気にするようだったら、とっくに離れているよ。君と弟君との関係はとうに気が付いているし、話したじゃない』  確かにそうだ。首の噛み痕だって見られてるわけだから気にすることじゃないだろうけど。 「そう、なんですけど……俺、あいつに抱かれるのわかってるのに、何にもできなくて……それが、嫌で……」 『弟なんだもの。それは気に病むことじゃないと思うよ。でも、その歪な関係はいつか破たんしてしまううから、君自身が弟君をはっきり拒絶できるようになるといいかなあ。僕にはきっと、その手伝いができると思うよ』 「かなで……さん……」  この人は、絶対に俺を拒絶しないし、俺の言葉を否定しない。それは俺がこの人に惹かれる十分な理由になる。  幼い頃から俺は、親に拒絶されてきた。  蒼也だけが俺のそばに居続けて……やばい、思い出したら苦しくなってくる。  でもそれじゃあだめなんだ。  蒼也が俺に依存していただけじゃないのか。俺も、あいつに抱かれることであいつに依存し、支えにしてきたのかな……  そう思うと胸が痛い。  でも、俺と蒼也は双子だ。しかもベータとアルファだ。けっして結ばれはしない。  それにあいつに運命の番が現れたら俺は確実に捨てられるんだから……離れるのは早い方がいい。傷つくのは、俺だけだ。  でも奏さんは? 奏さんだって運命の相手が現れたら俺の事…… 『緋彩、大丈夫?』  沈黙が長すぎたせいか、心配の声がスマホから聞こえてくる。  俺は慌てて、 「だ、だ、だ、大丈夫、ですから」  と、大丈夫じゃない声音で答えた。大丈夫じゃないけど、大丈夫、だと思う。 『弟君が現れるなら、僕が泊まればよかったね』 「そ、そ、それはさすがに……悪い、ですから」  そうだ、さすがにそこまで甘えられないと思う。  ……でも、本当に恋人になったら、そう言う事、するんだろうか?  俺が、奏さんに抱かれる?  蒼也以外の相手と。  だめだ、想像が生々しくなってしまう。 『ははは。君の家に泊まるより、うちに来た方がいいかもね。僕もひとり暮らしだし』 「あ……」  奏さんの家。そこなら蒼也は来ない。   『今度はうちでデートしようか』 「あ……はい。俺、その方がいいかも」  久しぶりの外は楽しかった。でも、人の多さに疲れてしまう。   『じゃあ来週の日曜日は大丈夫?』 「はい、大丈夫、です」  奏さんの家に行ける。そう思うだけで緊張してきた。 『来週の日曜日はうちで過ごそうか。迎えに行くよ。詳しいことはまたあとで』 「わ、わかりました」  人と出掛けるのが初めてなら、人の家に遊びに行くのもほぼ初めてだ。  めちゃくちゃ緊張しそう。 『それじゃあまた、お休み、緋彩』 「お、おやすみなさい」  そして、電話が切れた。  奏さん、俺の事を好きになるかもって言っていたけど……俺も、やばいかもしれない。

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