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第3話「自覚」*仁

 あき兄が、中学を卒業する日。  一年生は式の後すぐ帰って良かったのだけれど、オレは門の所に立って、三年生が外に出てくるのを待っていた。式に出席していた保護者達も出てきて、昇降口の周りはすごい人。しばらくそこに立っていたら。 「仁!」  オレに気付いて、駆け寄ってきたあき兄。  第二ボタン争奪の儀式がいまだ残っているせいで、全部のボタンを取られた状態。 「一年生は帰ってて良かったのに――――……わざわざ居てくれたの?」 「うん。最後だから」 「ありがとな。 ――――……これで、お前と別の学校になっちゃうな」 「――――……」 「それが一番寂しいかも」  何の含みもなく、ただ純粋にそんな事を言ったあき兄を――――……。  オレは、ぎゅ、と抱き締めてしまった。 「うわ…… ちょ ――――……仁?」  あき兄の戸惑った声。 「彰が弟に抱きしめられてるー」 「兄弟で何してんの」  あき兄の友達たちが、笑いながらひやかしてくる。  「ほっとけ」とあき兄は言って、そっとオレの二の腕に手を置いて、少し距離を置いた。 「高校、お前が頑張れば、同じとこ行けるかもだし」  オレも寂しがってるとでも思ってるんだか、そんな台詞。  あき兄がそう言うと、周りのあき兄の友達が一斉に笑った。 「彰の高校、超難関校だぞー、ひっでー」 「うちの中学から、生徒会長と彰しか行けなかったじゃんか」 「仁ならできるし。なめんな」  べーーっと、舌を出して、周りに言い、あき兄はオレに向けて、笑った。 「な?」 「……それは分かんないけど。…卒業、おめでと」  全然、めでたくねえけど。  ずっと、ここに居てほしかったけど。  学校で、会えなくなってしまう。  ――――……家で、朝と夜しか、会えなくなる。  心の中で愚痴りながら、何とか言ったおめでとうの言葉に、あき兄は、物凄く嬉しそうに笑った。 「ありがとな」  ぽんぽん。  すでに、あき兄を追い越して、少し高い位置にあるオレの頭を、優しく撫でる。 「彰ー、写真とろーぜ」  あき兄の友達たちが、あき兄を呼ぶ。 「あ、うん! 仁、オレ、行ってくる」 「ん。先に帰ってる」 . 「ありがとな」  綺麗に笑って、手を振って。   くるっとオレに背を向けて、あき兄を待ってる何人かの中に、走って行った。  その背中を見ながら――――……。  湧き上がる、焦燥感。  オレは、その時、自分の中の感情を思い知った。  あき兄に対する気持ちを、恋愛感情だと、初めてちゃんと認めてしまった。  何の淀みもない、澄んだ明るい瞳と、笑顔。  抱き締めて、キスしたい。  誰の所にも、行かせたくない。  強く――――……そう思ってしまった。  もうそれ以上、自分をごまかす事が、出来ない位に。  ただ、そんな想いを本人にぶつける事は、とてもじゃないけど出来る訳が無かった。  あき兄の居なくなった中学では、サッカーと勉強にひたすら打ち込むと共に、日々強くなる感情を、女の子と付き合う事で紛らわせた。  告白してくれた子と、二年と三年の時に一人ずつ付き合ってみた。  三年の時の彼女とは、体の関係も持った。女の子にも普通に反応するのは分かって、安心したりもした。女の子は抱けるし、その行為を気持ちいいとも思えた。  ただ、心が焼かれるみたいに恋しいと思うのは、ずっと、あき兄だけで。  他の子をそう思おうとしても――――……無理だった。  他の男の体を見ても、全く何とも思わないし、行為を想像しただけで萎えるので、あき兄以外の男は対象外、というのは自認した。  同じ部屋で、あき兄が、全く意識せず着替えてたりすると。  ――――…あまりに自分が、やばくて。怖くて。  本気で、カウンセリングとかを受けた方が良いのかとも、思った。  けれど、何と相談すれば良いのか。  兄貴だけを、愛しすぎてて、自分が、怖い。  他人にそう伝えるのか。  そんなヤバい事を、この世の誰にも、言ってはいけない気がして、結局は行けなかったけれど、行くべきかも相当悩んだ。  やっててよかったと心底思ったのは、小学一年の時から続けていた剣道。  中学に入っても、時間があると、道場に通った。  雑念を振り切るにはもってこいだった。道場に居る間だけでも、気持ちを鎮められて、何とか、保てた。    あまり側に居てはいけないのではないかと、思いながらも、どうしてもあき兄と一緒の高校に入りたくて、あき兄の高校を目指した。  超難関校と言われているだけあって、かなり必死で勉強して、やっとの事で合格した時は、あき兄も、物凄く褒めてくれて。  一緒の高校に行ける事を、すごく喜んで、くれた。

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