3 / 135
第3話「自覚」*仁
あき兄が、中学を卒業する日。
一年生は式の後すぐ帰って良かったのだけれど、オレは門の所に立って、三年生が外に出てくるのを待っていた。式に出席していた保護者達も出てきて、昇降口の周りはすごい人。しばらくそこに立っていたら。
「仁!」
オレに気付いて、駆け寄ってきたあき兄。
第二ボタン争奪の儀式がいまだ残っているせいで、全部のボタンを取られた状態。
「一年生は帰ってて良かったのに――――……わざわざ居てくれたの?」
「うん。最後だから」
「ありがとな。 ――――……これで、お前と別の学校になっちゃうな」
「――――……」
「それが一番寂しいかも」
何の含みもなく、ただ純粋にそんな事を言ったあき兄を――――……。
オレは、ぎゅ、と抱き締めてしまった。
「うわ…… ちょ ――――……仁?」
あき兄の戸惑った声。
「彰が弟に抱きしめられてるー」
「兄弟で何してんの」
あき兄の友達たちが、笑いながらひやかしてくる。
「ほっとけ」とあき兄は言って、そっとオレの二の腕に手を置いて、少し距離を置いた。
「高校、お前が頑張れば、同じとこ行けるかもだし」
オレも寂しがってるとでも思ってるんだか、そんな台詞。
あき兄がそう言うと、周りのあき兄の友達が一斉に笑った。
「彰の高校、超難関校だぞー、ひっでー」
「うちの中学から、生徒会長と彰しか行けなかったじゃんか」
「仁ならできるし。なめんな」
べーーっと、舌を出して、周りに言い、あき兄はオレに向けて、笑った。
「な?」
「……それは分かんないけど。…卒業、おめでと」
全然、めでたくねえけど。
ずっと、ここに居てほしかったけど。
学校で、会えなくなってしまう。
――――……家で、朝と夜しか、会えなくなる。
心の中で愚痴りながら、何とか言ったおめでとうの言葉に、あき兄は、物凄く嬉しそうに笑った。
「ありがとな」
ぽんぽん。
すでに、あき兄を追い越して、少し高い位置にあるオレの頭を、優しく撫でる。
「彰ー、写真とろーぜ」
あき兄の友達たちが、あき兄を呼ぶ。
「あ、うん! 仁、オレ、行ってくる」
「ん。先に帰ってる」 .
「ありがとな」
綺麗に笑って、手を振って。
くるっとオレに背を向けて、あき兄を待ってる何人かの中に、走って行った。
その背中を見ながら――――……。
湧き上がる、焦燥感。
オレは、その時、自分の中の感情を思い知った。
あき兄に対する気持ちを、恋愛感情だと、初めてちゃんと認めてしまった。
何の淀みもない、澄んだ明るい瞳と、笑顔。
抱き締めて、キスしたい。
誰の所にも、行かせたくない。
強く――――……そう思ってしまった。
もうそれ以上、自分をごまかす事が、出来ない位に。
ただ、そんな想いを本人にぶつける事は、とてもじゃないけど出来る訳が無かった。
あき兄の居なくなった中学では、サッカーと勉強にひたすら打ち込むと共に、日々強くなる感情を、女の子と付き合う事で紛らわせた。
告白してくれた子と、二年と三年の時に一人ずつ付き合ってみた。
三年の時の彼女とは、体の関係も持った。女の子にも普通に反応するのは分かって、安心したりもした。女の子は抱けるし、その行為を気持ちいいとも思えた。
ただ、心が焼かれるみたいに恋しいと思うのは、ずっと、あき兄だけで。
他の子をそう思おうとしても――――……無理だった。
他の男の体を見ても、全く何とも思わないし、行為を想像しただけで萎えるので、あき兄以外の男は対象外、というのは自認した。
同じ部屋で、あき兄が、全く意識せず着替えてたりすると。
――――…あまりに自分が、やばくて。怖くて。
本気で、カウンセリングとかを受けた方が良いのかとも、思った。
けれど、何と相談すれば良いのか。
兄貴だけを、愛しすぎてて、自分が、怖い。
他人にそう伝えるのか。
そんなヤバい事を、この世の誰にも、言ってはいけない気がして、結局は行けなかったけれど、行くべきかも相当悩んだ。
やっててよかったと心底思ったのは、小学一年の時から続けていた剣道。
中学に入っても、時間があると、道場に通った。
雑念を振り切るにはもってこいだった。道場に居る間だけでも、気持ちを鎮められて、何とか、保てた。
あまり側に居てはいけないのではないかと、思いながらも、どうしてもあき兄と一緒の高校に入りたくて、あき兄の高校を目指した。
超難関校と言われているだけあって、かなり必死で勉強して、やっとの事で合格した時は、あき兄も、物凄く褒めてくれて。
一緒の高校に行ける事を、すごく喜んで、くれた。
ともだちにシェアしよう!