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第6話「キス」*仁

  「――――……んっ……っ?」  唇を重ねて、舌を絡めたら、くぐもった声が唇の間であがった。  何故なのか、思っていたよりもずっと弱い、有るか無いかの抵抗を、抱き込んで押さえつけて――――……どれくらい、キス、していたのか。 「……っ……」  唇の間で漏れる、彰の息が熱い。  少しキスを離して、きつく、きつく抱き締めた。 「こういう意味で――――……彰の事が、好き、なんだ」 「――――……じ……」  オレの名を呼ぼうとしていた唇を、またふさいだ。彰は、また黙る。  ――――……どうして、こんなに抵抗が、弱いのか、分からない。  殴られるとか、突き飛ばされるとか、最悪蹴られるとか。  何されても、文句は言えないと思いながら、してるのに。 「……っ……」  彰とキス、してる。  その事に、どんどん自分を、抑えられなくなる。  抵抗と呼べるのか、少し背けられそうになる顎に手をかけ、上げさせて、また口づける。 「……ン……」  くぐもった声。  眉が寄って、少し苦しそうに。  色っぽい――――……そんな言葉が咄嗟に浮かんだ。  首筋を、指で、するっと撫でる。びく、と彰が震えた。  ――――……可愛い……。  可愛い、彰。  今まで何人か関係した女の子との行為で――――……。  こんなに、意味が分からないくらいに、興奮した事が無かった。 「――――……じ、ん……っ」  ふる、と彰が首を振って、少し離れた唇で、オレの名を、呼んだ。  伏せられていた瞳が、開いた。  そこに、涙が滲んでいる事に気づいて――――……オレは、彰を泣かせたという事実に、動けなくなった。驚くくらい一瞬で、興奮が引いた。 「……オレと、こんな事しても……何にもならないよ……仁」 「――――……」 「……仁のこと――――……大事だから……」 「――――………」 「今の、なかった事に……しよう?」  キスしてた間に――――……それを考えてたのかと気づく。  何を言うべきか、考えてたのか、と。  ――――……咄嗟に振りほどいたり。無理やり引き離したりはしないで、きっと、オレを……傷つける事の、ないように。  殴るとか、罵倒するとか……。  考えもしない、んだうろな……。  ――――………そうすれば、いいのに。 「彰に…分かってほしくて。――――…急に、ごめん」 「――――…」 「だけど…なかったことにはしない。オレは…彰の事が、好きだから」 「――――…仁……」  困ったように、濡れた瞳が細められる。   瞬間、たまっていた涙が、流れ落ちた。 「…っ…泣かせて――――…ごめん」  こんなとんでもないこと仕掛けてるのに。  彰の涙には、心底焦る。焦って、その雫を、親指で拭いとった。 「じ――――……」 「……好きで、ごめん――――……ほんとに……ごめん…」  何か言おうとしたのを遮って、思わずそう謝ってしまった。  そしたら――――……。 「――――……っ……」  オレが言った瞬間、彰の瞳から、涙が溢れ出した。  それは、たまっていた涙が目を細めたから必然的に落ちた、なんてものではない。  それはもう――――……ボロボロと、あふれ落ちた。  彰も驚いたみたいで、咄嗟に手の甲を唇に押し当てて、俯いた。  泣かせたのは、間違いなく、オレ。  本当に、悪いと、思っていたのに。  見ていたら、たまらなくなってしまった。  口に押し当てられた手首をつかんで、ぐい、と顔の前からどけると、もう一度、唇を、重ねさせてしまっていた。 「……っ……」  彰の唇は、柔らかくて。  ぎゅ、と閉じた、涙に濡れたまつげが長くて。  可愛くて、しょうがなかった。 「……彰、好きだ……」 「――――……っ」  触れた唇ごしに――――……。  泣いて、しゃくりあげる、息が、伝わってくる。  それでも。  彰は、オレのことを、振りほどきはしなかった。  これ以上キスしてたら、本気で止まらなくなりそうで。  彰を、まっすぐ見つめたまま。なんとか、キスを離した。  彰は、手の甲で、唇を、押さえて、俯いた。 「――――……仁………あの――――……」  何か言おうとした彰を、ぎゅっと腕の中に取り込んで、抱き締める。  彰は強張っていたけれど――――……。   その内、はぁ、と、息をついた。 「――――……ほんと、お前って……」  そう言って、彰は、オレの背中を、ポンポンと叩いた。 「……ほんとよく……予想しないこと、するよな……」 「――――……ごめん……」 「無茶して怪我したりさ……頑張りすぎて急に倒れたり……突然高い木に登って落ちたり……はー……」 「……それ、いま、関係ないし」 「……オレが絶対しないような、予想外のこと、するって事だよ……」  彰は言いながら、ぐいと自分の頬を拭った。  それから、泣いて、震えるような息を、ゆっくりと吐き出した。 「……今まで、お前の無茶なとこ――――……すぐ側で助けてきたけど……」 「――――……」 「――――……でも、今のは……オレにできる事は、無い、よな?」 「――――……」  兄貴として、諭すような、言葉に。  ――――……すごくすごく、イライラする。  自分が何を言いたいのかすら、分からなくなる。

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