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第27話「兄弟として」

「母さん達に電話するよ。どうなるか心配してるから」  仁がそう言って、スマホを取り出した。 「あとでかわって?」 「ん」  仁が電話をかけているのを横目に、オレはコーヒーを啜る。  落ち着け、と自分に言い聞かせる。  何だか本当に現実感が無い。  目の前に、二年以上も避け続けた、弟が、普通に座ってる。  何でだろ……?  オレ、普通にしてて、良いのかな。  ポーカーフェイスを装いながら、オレの心臓はバクバクしていて。  息さえ、苦しい。   「……あ、母さん? うん、今、彰のとこついて、話した。うん。一緒に住んで良いって。だからオレの置いてきた荷物、全部送って。うん。……それ以外のことはもう、そっちで話してきた通りだから……うん。そう……そうだよ、うん。――――…… あ、彰にかわるね」  しばらく話していた仁がスマホをオレに渡してくる。 「あ、母さん? ――――ん……一緒に暮らす、けど。すごいびっくりした」 『そうよね、ごめんね』 「良いんだけど……」 『彰』 「ん?」 『……仁をよろしくね』 「え……あ、うん。オレの一人暮らしもう二年経つしさ。大丈夫。任せて」  そのまま荷物のこととか諸々を話して、電話を切った。 「仁、そんなに荷物、ないんだって?」 「うん。どこに住むか分かんなかったし。荷物は最小限にした」  スマホを仁に返す。 「こっち、来て」 「うん」  リビングを出て、仁を空いてる部屋に案内する。 「このうちさ、6畳が2部屋と、あと今のリビングなんだよね」 「うん」 「1Kとかでも良いって言ってたんだけど、なんかここ安くて、1万しか変わらなくて2部屋つくならこっちにすればって父さんが言ってくれてさ。東京に来た時泊めてもらうからとか言って」 「何回か、来てただろ? 出張ん時」 「うん。来てたよ。1kだったら仁がここ来るのは無理だったね」  クスクス笑うと、仁は、「広いとこで良かった」と笑んだ。 「オレのベット、奥の部屋だから、仁はこっちの部屋になるけど……いい?」  ドアを開いて、仁を中に入れる。 「ここ、何もないんだ」 「うん。そこのクローゼットに、今は、布団だけ入ってるよ」  言うと、仁がクローゼットを開けた。 「今日これ、使っていい?」 「うん。いいよ。 ベッドはこっちで用意するの?」 「うん。二段ベット捨てるって言ってたから、オレのベッドは和己に置いてきた。オレはこっちで買おうと思って」 「机とかは?」 「んー。いるかな?どうだろ。パソコンは買った方が良いよね?大学の授業とかって」 「オレのパソコン使ってもいいよ。 オレたまにしか使ってないし」 「そっか……。 じゃあとりあえず、ベッドが欲しいかな」 「そだね」 「買いに行くの、付き合ってくれる? 家具屋とか、分かんないし」 「うん。いいよ」  部屋の奥に進んで、仁は窓を開けた。 「仁、シャワー浴びる?」 「あ、うん。浴びる」 「着替えとかは、持ってる?」 「今日明日の服は、玄関に置いた荷物に入ってる」 「そか。バスタオルは、洗面台の上に入ってるから」 「ん。ありがと、彰」  仁は言って、部屋を出ていった。  玄関に荷物を取りに行く音がして、その後、バスルームに消えていった。  部屋の電気を消して、リビングに戻る。  テーブルのスマホが光ってるのに気づいて、開くと。  和己から。さっきの続きだった。 「黙っててって言われたんだけど。 あのね、仁兄が、あき兄の所に行ったから。驚かないでね」  がっくり、力が抜けてしまう。  ……遅い、和己。  密告してくれるなら、もう少し早く送ってくれたら良かったんだけど……。  苦笑い。    まあこの文、見ても、きっと、相当狼狽えただけだろうから、事前に見なくて良かったのかも……。 「もう来たよ。一緒に暮らすことになったよ」  そう和己に送信した後。  寛人とのトーク画面を開く。 「仁が、二年前のこと謝って来て……一緒に暮らすことになったよ。同じ大学なんだってさ」  そう送った。  しばらく見てたけど、既読が付かない。  たぶん、今日は金曜だから、居酒屋のバイト のはず。   返事来るとして、夜中かなー……。  ふと、ソファの前のテーブルに、ふたつ並んだマグカップを見る。  仁と、オレの……。  ――――……なんか、まだ、現実感がない。  ――――…… この二年間、ずっと、仁のこと、思ってきたけど……。  仁にとってはもう、二年前の事は、無かった事になってて。  オレにとっても、考えなくていい事だったんだと、知った。  もう、ただの兄と弟として、過ごせば、いいんだと。分かった。  なら、もう、今までのように思い出す必要もなくて。  夢を見る事も、無くなる。  というか、思い出すどころか、すぐそばに居るわけだし。  ――――……二年前にとらわれず、普通に過ごせば、いいんだ。  よかった。    そう思いながら。  ――――……オレは、並んだマグカップを、ぼんやりと見つめていた。

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