29 / 135
第29話 「微笑み」
洗面所でドライヤーをかけてる仁を覗いた。
「仁、オレ、ちょっと電話するから、部屋行くね」
「ん」
「あ、仁」
「ん?」
ドライヤーをいったん止めて、仁がオレに視線を向けた。
「明日、何か予定ある?」
「あー……彰の予定は?」
「明日はバイト。 八時からお昼まで」
「……その後は?」
「その後は特にないよ」
「ベッド、買いに行きたくて。付き合ってくれる?」
「あ、そっか。いいよ」
「ん、じゃあおやすみ、彰。……あ、明日、八時に出るの?」
「七時半に出るよ。 七時前位に起きる」
「分かった。おやすみ」
仁に頷いて離れると、寛人の電話を呼び出しながら廊下を、奥の自分の部屋まで歩く。
「もしもし、寛人? ごめん、さっき。テーブルで寝ちゃっててすごいぼけっとしてた。もう目、さめたよ」
言いながら自分の部屋に入り、ベッドにあおむけに転がった。
『……なあ、仁が、こっちに出てきたのか?』
「――――……そう」
こっち、というのは、寛人も東京に出てきてるから。
大学は違うし遠いので、住んでる場所的には結構離れてはいるけれど、今でもたまに会う。親友のまま。
仁との色々なことも、オレが離れる決意をしたことも、その後のことも、色々知ってるのは、この世で寛人だけ。
『……何から聞くべき?』
「うーん……何からっていうか……ずっとさ、連絡とってないのは言ってたじゃん?」
『ああ』
「……今日、突然現れてさ。あの時はどうかしてたって。思い込んで勢いで、迷惑かけてごめん、だって」
『――――……』
「もう二度と、あんなこと言わないし、しないって。……で、一緒の大学だから、オレと暮らしたいって」
『――――……同じ大学って……追いかけてきたんじゃなく?』
「……違うって言ってたよ」
『で、彰は、それを信じて、住む事になったのか?』
「……だって、断れないよ」
言ったら、寛人は、んーーーーとしばらく唸った後。
『本気で、謝ってた?』
「……うん。そう見えた。 冷静で、あの時みたいな、熱っぽいのとか、無理やりっぽいのとか、全然なくて……本気に、見えたよ」
『――――……んー……』
「……でもさ。なんか……知らない奴みたいで、戸惑う。二年も離れてて、急に訪ねてきて……まだなんか、頭ぐちゃぐちゃで」
『――――……じゃあオレの考え、言っといて良い?』
「……うん。頼む」
『彰は、受け入れたってことは、兄弟に戻りたいってことなんだろ? 今迄みたいに音信不通が嫌なんだよな?』
「……うん」
『じゃあ、とりあえず、謝って、もうしないって言ってんなら、そこ、今はある程度信じてやってもいいと思う。でも――――……仁の執着が、そんな完全に無くなるとは、オレには思えないから……警戒はしてろ』
「警戒?」
『変に刺激すんなってこと。風呂上りに裸、とかやめろよ?』
「なにそれ。……オレもともと裸で出てこないし」
『……変に刺激しなければ、まあしばらくは大丈夫かな……』
「……ずっと大丈夫そうだったけどな、仁」
『まあその可能性もなくはないけど――――……わかんねえからな……』
寛人は、やれやれって感じだな、と苦笑い。
『彰の気持は? 大丈夫か?』
「……オレ?」
『すごい勢いでキスしたりしてた奴が、逃げた時のままの感情のお前のとこに、突然来たってことだろ。落ち着いてないだろ 』
「――――……でも、仁が、全然違くなってたから……」
『……違ってたって、仁は仁だろ』
「――――……」
雰囲気違う。
大人っぽくて、男っぽくて。
「……父さんが仁の一人暮らしのお金も出してくれるって約束してくれたみたいで、もしオレが嫌なら、同居は断っても良いとは言われたんだけど……断った方が良かったのかな……」
『……まあ。お前、引きずってるぽかったし。この機会に、ほんとに兄弟として過ごせて、過去を上書きできるなら、良い機会なのかもしれねえけど』
「そう、だよね。うん。さっき、オレもそう思ってた」
『まあ。迷ったら聞いてやるから、電話してこい』
「うん」
『ドツボにはまる前に、掛けて来いよ?』
「……はは。分かった。 寛人は? 変わったことないの?」
『こないだ電話した後は、特にかわり無いかな』
「そっか。またご飯たべよ」
『来週金曜なら空いてる』
「あ、ほんと? そしたらオレの確認して、連絡するね」
『分かった。 ――――……彰』
「え?」
『なんか気になるから、一日一回報告。一言でもいーから、いい?』
「寛人、過保護……」
『過保護にもなるわ。二年間、うだうだ言ってたのに、急にこんなんなって、心配しない訳ねえだろ』
「――――……」
『しかも、すぐオレに連絡してきたってことは、お前気づいてないかもしんねえけど、今混乱中だから。ちゃんと自覚して、しっかりしろ』
そういえば。
仁が来て、シャワーに離れたらすぐ寛人に連絡しちゃったんだった。
「……分かった。ありがと。大丈夫ならそう入れればいい?」
『適当に分かるように入れとけ。 やばそうだったら、電話してやる』
「ありがと、寛人」
『ああ。明日土曜だから朝からバイトだろ?』
「うん」
『早く寝ろよ。寝ないとまた弱るから』
「寛人って、オレのお母さんみたいだよな……」
クスクス笑ってそう言うと、寛人は苦笑い。
『嫌なら心配させるようなこと言ってくんなよ』
「んー……ごめんね」
『まあもう慣れてるけど。――――……じゃ、早く寝ろ。じゃあな?』
「うん。 ありがと。 おやすみ」
通話を切って、少しため息。
何かと心配かけてばかりだけど。
――――……ほんと。優しいからなあ。寛人。
部屋を出ると、もう暗かった。
仁は寝たのかな。
洗面台で歯磨きを終えて、そういえば、と気づく。
新しい歯ブラシを持って、仁の部屋をトントン、とノックした。
「――――……何?」
がちゃ、とドアが開いて、仁が出てきた。
「仁、歯ブラシ、新しいやつ」
「ああ。でもオレ歯ブラシは持ってきてたから大丈夫。もう磨いたよ」
「あ、そうなんだ。さっきのドライヤーの引き出しの近くに、そういう歯ブラシとか詰め替えとか、色々入ってるから。時間あるときに、見といて」
「うん、分かった。……ありがと、彰」
ふ、と仁が笑う。
久しぶりだな、と思う。
ふわ、と優しい微笑み。
自然と、オレも笑い返して。「おやすみ」と伝えた。
ともだちにシェアしよう!