38 / 136

第38話「亮也の訪問」

 少し考えていたら、ふっと、忘れていた事を思い出した。 「あ」 「ん? どしたの?」 「真鍋先生に明日の朝、仁が行くって連絡しとこうと思ってたのに、忘れてた……ちょっと電話するね」 「ああ……うん」  すぐ電話をかけて、真鍋先生に報告。  できそうならすぐ契約もしたいから、履歴書とか諸々持ってきてと言われて、その説明をメモを取りながら聞いていたら、意外と電話が長くなってしまった。  その時、ピンポーン、とチャイムが鳴り響いた。 「?」  あ、今日の荷物かな?   仁と目が合い、仁が、オレが行くと指先で示しながら、玄関の方に姿を消す。  明日仁に持たせるものを書きだし、真鍋先生と話を続けていると、玄関の方から、微妙な話し声。  宅配の人とはそんな話すこともないだろうし、何だろ?と思いながら、電話したまま玄関へ向かう。 「――――……?」  仁の背中で、相手は見えない。  荷物じゃないの……??  電話しながら、仁の脇から覗いて――――……。 「りょう――――……」  玄関に立っていた亮也に、驚いて、数秒固まった。 『彰先生?大丈夫ですか?』  電話から呼びかけられ、あ、すみません、と返す。  ちょうどそこで、まあそんなところかな、と真鍋先生が言ってくれたので、挨拶そこそこに電話を切る。 「あ、仁、あの――――……」 「彰、友達?」  仁が、振り返って、聞いてくる。 「うん、そう。 ごめん、中入ってていいよ、仁」 「……ん」  仁が、ゆっくり、中に入ってく。 「……亮也、どしたの?」  なんとなく、小声になってしまう。 「ごめんな、女の子のとこに行ってたんだけど、この近くでさ。彰に会いたくなって、電話してたんだけど繋がらないし、チャイム鳴らして出なかったら帰ろうと思ってたんだけどさ。 出たと思ったら、彰じゃないし」 「今、塾の先生とずっと電話してたから。ごめんね。 えっと、……弟なんだ、今の」 「へえ? 弟なの? すっげえイケメンな」 「はは。そう?」 「……恋人できたのかと思った」  二人でもともと小声だったけれど、最後は、こそっと、より小さく囁かれて。 思わず、強張る。 「違うし。――――……あ、今日オレが断ったから来たの?」 「だって、なかなか彰に断られたことなかったからさ。 なんかあったのかなーとも思って」 「後で電話しようと思ってたんだけどさ」 「ん?」 「弟がさ、同じ大学なの、今年から。で、うちに住むことになって。昨日決まったから、今日色々買い出しとか行っててさ」 「あー……そっか。……えーと、上がらない方が良い感じ?」 「あ……」  玄関で話し続けていたことに気付いて。  ごめん、と言いながら、スリッパを差し出す。 「仁、ちょっと部屋で話してくるね」 「――――……」  リビングを覗いてそう言うと、仁は振り返って、無言のまま、頷いた。 「明日塾行く時間、今日と同じか少し早い位ね。準備は朝してもいいから、先寝たかったら寝ちゃっていいよ」 「――――……ん」  また頷くだけ。  少し引っかかるけれど、うしろの亮也が気になって、リビングのドアを閉めた。 ◇ 「亮也、オレの部屋行ってて。 なんか飲む?」 「いや、すぐ帰るし、いいよ」 「……ん」  二人で、部屋に入る。    ――――……と、同時に。  亮也に、引き寄せられてしまった。 「……っっ」  むりむりむりむり。  プルプルと首を振る。 「っ亮也、むり」  超小さな声で、囁く。 「――――……キスだけ」  もっと小さい声で、囁かれる。 「……お前、女の子と居たって言ったじゃん、してきたんじゃねえの?」 「……したんだけど――――…… 彰とキスしたいなーと」 「……声、出そうになったら、絶対やめるからな」  言うと、背を、ドアに、押し付けられて。「ん」と笑われた。  亮也の顔が傾いて――――…… 唇が重なる。  舌がそっと中に入ってきて、舌に触れてくる。  優しいキス。舌が、絡む。 「――――……っ」  息すら漏らすまいと、強張ってると、亮也の手が、首筋を撫でた。 「っ!!」  びく、と震えると、亮也はクスッと笑って。 「かーわいい、彰」 「……ばか、ほんとに、しずか、に――――……」  また口を塞がれて、ゆっくり口内を刺激される。  じんわり、熱くなる。 「……っもう、おわり、にして、亮也」 「――――……分かった」  とは言ってくれたけど、少し、つまらなそうな顔。  かと思ったら。  ぐい、と首元の服をずらされて。  鎖骨のあたりを少しきつく吸われた。 「――――……っ!」 「これだけ。つけさせて」  ……っバカ、亮也。   「怪しまれないように少し話してった方がいいのかな?」  こそ、と囁かれる。  うん、と頷くと、亮也は、カーペットに座った。 「どこ行ってたの、今日」 「んー……あそこ行ったよ、焼肉のお店」 「あの店員の子、居た?」 「うん、居たよ。元気そうだったよ」  水をかけられた時、一緒にいた亮也。めっちゃ笑ってたっけ。  あれから、亮也と二人で行くと、何となくいつもあの子が元気か確認してしまう。 「あとはね、家具屋でベッド見て……本屋行って、雑貨屋さん行って……かな」 「ふーん。そっか。 オレは彰に振られたから、女の子んとこ行って…… 夕飯は居酒屋行ってた」 「で?」 「その後、女の子ん家行ってた」 「……にしては、帰ってくんの早くねえ?」 「――――……彰んとこ来ようと思ってたから」 「……ほんとお前元気な」 「違うって」  ちょっぴり苦笑いで言うと、亮也は笑った。 「顔見に来ただけだし。明日も朝から塾だろ?」 「うん、そう」 「そういえばさっきの会話さ」 「ん?」 「弟も、塾に行くの?」 「あーまだ分かんないんだけど……今日たまたま塾長に会ったら、オレのサポートで春休みバイトしないかって、話しかけられてて」 「ふうん……弟と仲いいんだな」 「――――……う、ん……まあ……」  ちょっと複雑になりながら、頷く。 「ん。とりあえず顔見れたし。 帰ろうかな」 「昨日会ってたじゃん」  クスクス笑ってそう言うと。 「なかなか断られないからさ。どーしたのか気になっちゃて。なんか電話の様子もちょっと気になったし」 「……ごめん心配かけた?」 「勝手に気になっただけだから」  立ち上がった亮也が、ベッドの端に座ってるオレに、キスした。 「――――……ごめん、亮也、これからうちでは無理、だから」 「いいよ。家おいで」 「……ん」  亮也は優しいし、居心地もよくて、この二年、よく一緒に居た。  一緒にいる時は、まるで恋人同士みたいに過ごしてたけど。  亮也にも他に相手が居て、別にオレとだけってわけじゃないし。  そんなお互い、気にする事も、謝る事も、ほんとは無いんだけど。 「じゃあまた連絡するから」 「うん」  二人で部屋を出ると、仁はリビングには居なかった。 「挨拶してったほうがいい?」 「んー、でももう部屋に居るみたいだから」 「そっか」  言いながら、亮也が靴を履く。 「――――……またな、彰」 「うん。おやすみ。気を付けて」  手を軽く振って、亮也が帰っていった。    ――――……仁、もう、寝たのかな。  思いながら、振り返った瞬間。  仁の部屋のドアが、開いた。

ともだちにシェアしよう!