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第39話 「二人だけがいい」
「……帰ったの?」
「うん。近くに来たから、少し話しに来ただけだって」
「そっか」
「仁、寝たのかと思った」
「寝てない」
言いながら、仁がリビングに戻る。
「……明日の準備してから寝る」
「そっか」
仁について、リビングに入ると、片付けようと思ったコーヒーのカップがちゃんと洗われていた。
「あ。片づけてくれたんだ。ありがと、仁」
「……ん。で、 何を持っていけばいい?」
「あ、うん」
テーブルの上に置いてたメモを手に取る。
「とりあえず、印鑑と、履歴書だって。やる気あるならもう書いていってもいいって。あと、オレが今日着てたみたいな服、もってる?」
「……ワイシャツみたいなシャツはない。 黒のパンツはあるけど……」
「シンプルならいいんだけど。薄い色のセーターとかない?」
「白のVネックのセーターならあるけど」
「それでいいよ。仁は講義するわけじゃないし」
――――……なんか、仁、笑わない。
気のせい、かな……。
「履歴書は――――……ちょっと待ってて、オレのが残ってるかも」
部屋に戻って、棚を探す。
前に書いたまま残っていた履歴書を見つけて、リビングに戻る。
「明日、塾で書いてもいいけど……今書いちゃう?」
「ん。書く」
「これ、見本とボールペンね」
「ん」
仁は静かに履歴書を書き始める。
目の前に座って、しばらく肘をついて、眺める。
――――……仁、無表情。……な、気がする。
「……仁……?」
「……ん?」
「……勝手に人を入れたから、怒ってる?」
「――――……」
「……お前に聞かなかったから?」
「怒ってないよ」
履歴書から視線をあげて、まっすぐ、見つめられる。
「……さっき決めたばっかで、その後いきなり来た人じゃん。そんなので、怒るわけないし」
「――――……」
静かな、瞳。
ならいいけど……と、視線を落とした。
仁は、そのまま、また履歴書を書き進めていく。
「――――……仁……」
「……ん」
「……怒ってないなら、笑ってよ」
「――――……」
不意に見上げられて。
ちょっと困って。ふ、と笑って見せる。
「――――………」
一瞬目が少し大きく見開かれて。
――――……次の瞬間。 仁が、ふ、と笑った。
「……それ――――……何年ぶりだよ」
あ。
……覚えてたんだ。
小さい頃。
仁はわりと良い子だったけど。ごくたまに仁が怒ったり、泣いたり、駄々こねたり。
宿題できなくてふてくされたり。
そんな時、オレ、よく言ってた。「仁、にっこり」って。
笑った方が可愛いよ、うまくいくよて。
なんだろう。二年前、と言わず。
それまでも、お互い中高生になってからは、そんなに密接に触れあってなかったからか。
こうして一緒に過ごしていると、小さかった頃の事ばかり、思い出してしまう。
「――――……彰」
「ん」
「――――……やっぱりさ」
「ん?」
「この家は、二人だけ…… でもいい?」
「――――……」
「……だめ?」
「――――……いいよ、仁」
「怒ってるんじゃないよ。――――……ただ、何となく……」
「……いいって。分かったよ。まあお互い気は遣うし…… 人連れてくるのは無しにしよう」
「――――……ありがと。彰」
仁が、少し、ホッとしたように笑んで。
また履歴書に視線を落とした。
――――……怒ってたんじゃなくて……。
それ、言いたかっただけか……。
「……やなこととか、言ってくれていいからね。隠されてる方が嫌だし」
「――――……ん。彰もね」
履歴書を書き進めながら、仁が頷いて、見つめてくる。
「うん。分かった」
頷くと、仁はふ、と笑んで、また下を向く。
「履歴書の写真、朝撮っていく?」
「……ん」
「そしたら今日より少し早く出ようかな…… 行ってから少し挨拶とか、準備もしたいし。七時二十分位に出よ」
「ん。了解。書けた、よ。志望動機とか、これでいい? 確認してくれる?」
「うん」
仁から手渡されて、目を通す。
「ん、大丈夫。 そしたらもう今日は、寝よっか」
「ん。そうだね」
仁は立ち上がると、リビングのドアの所で振り返った。
「――――……彰、今日、色々ありがと」
「うん。おやすみ」
バイバイ、と手を振って見送ってから。
なんとなく、一人で、履歴書を眺める。
――――……仁、字、キレイだな。
趣味特技、剣道ね……。
そーだ、道場、聞かないとな……。
そんな風に思っていたら、スマホが鳴った。
寛人だった。『大丈夫なら良かった』だって。
ありがとうスタンプを、送ってから、スマホをおいて、ふ、と息をついた。
――――……家、二人だけがいいって思ったのは。
やっぱり亮也が来て嫌だったのかな。
怒ってない、とは言ってたけど……。
……とにかく、亮也だな。
――――……会う時は、外にしよ……。
なんだか ため息が漏れる。
――――……なんか今日、色々、疲れた……。
もう、寝よ。
歯を磨いて、部屋に入ってベッドに倒れると。
その日は――――…… あっという間に眠りに落ちた。
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