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第42話「感じない」
「……彰は、好きな人、居るの?」
不意に聞かれて。
変な沈黙が流れていたけれど、エレベーターが一階についてドアが開くと周囲の音で途切れた。歩き出しながら、前を見たまま。
「……なんとなく、そんなような人は居る、かな……」
そう答えた。
ふーん……と、仁。
それ以上は、何も聞かれず、その話は終わった。
「――――……オレさ」
「ん」
「ちょっと、用事があるから、先、帰ってて」
「用事って? 何か買い物なら、付き合う?」
「いい。一人で平気」
「……ん、分かった。 じゃオレ、夕飯買い出ししながら帰るけど……何食べたい?」
「あ、それもオレが買ってく。 昨日本見てて作りたい物あったから」
「――――……ん、分かった」
頷くと、仁は、じゃね、と言いながら、歩き出した。
そのまま、どんどん離れて、人込みに消えていった。
「――――……」
今日も昼一緒に食べるかと思ってた。
急に一人になって、昼どうしようかな、と思った瞬間、スマホが音を立てた。
「彰くん、塾のバイト終わった頃かなと思って。終わった?」
「ああ、ちょうど、終わったとこ」
「じゃあ一緒に昼ご飯食べない?」
関係のある女の子の一人、真琴から。
たぶん、このご飯の誘いに乗ったら、その後も、てことにはなると思うのだけれど。
二、三ケ月に一回くらいの関係。
何だろ、急に思い出したように連絡が来て。タイミングが合えば、誘いに乗って。
――――……まあ、いっか……。
なんか…… モヤモヤするし。
かといって、亮也に抱かれたい気分じゃ、ないし。
「今、塾の下にいるけど、出てこれる?」
入れると、すぐに、「十分で行くね!」と返ってきた。
そのまま、スマホを眺めて。何人か関係のある女の子達の名前を、ぼんやりと眺める。
なんでオレ――――…… 誰かと、ちゃんと、付き合わないんだろ。
本気っぽく告白してくる子とは、全然付き合わずに。
そういうのは、すぐ断って。
飲み会とかで、すぐ誘ってくるような、軽い女の子と、ノリみたいにそういうことして。
中高生の時までは、ちゃんと一人の子、大事に想えて。
大事にしてたのにな……。
こんなんじゃ、ほんとはダメだよなと、思うのだけれど……。
どうしてだか、一人に絞って大事にしたいとか、思えない。
なんだかんだ、一番恋人っぽく接してくるのは、亮也で。
なんか、会ってる時は本気で甘やかされるけど。恋人に、まではいかないし。
女の子とは、当たり障りのない会話を楽しんで。
気持ちいいことと、その時間を、共有するだけ。
なんか、な――――……。
何となく、良くないとは、思うのだけど。
◇ ◇ ◇ ◇
昼食を食べて、真琴の買い物に付き合った後、真琴のマンションに誘われて。 ベッドの上で、ことが終わって。
「ねー、彰くん」
「……ん?」
「……これって、キスマーク?」
首筋の下の方。鎖骨のあたり。
「あー……うん、そう」
「独占欲のある人と、してるのかな?」
真琴がクスクス笑う。
「これは、そういうんじゃないと思うけど……」
そう言って、ちょっとため息をつくと。
「……彰くんてさー」
「うん」
「顔、ほんとキレイだよね」
「……キレイ?」
「うん。カッコいいんだけど…… でもキレイ。 エッチしてる時、見とれちゃう」
「――――……何それ。キレイじゃないよ」
もう、苦笑いしか出ない。
「彰くん、あたしね、彼氏できたんだけどさ」
「へえ ……って、じゃあだめだね、こういうの」
「……うん、そうなんだけどさー。……でも、彰くんとは会いたいなーって思っちゃって」
「彼氏できたなら、やめよ?」
「……んー…… でも、彰くんとお別れするのも嫌で」
「真琴が彼氏裏切ってる事になっちゃうし。……もう、やめとこ?」
「……彰くん、きっとそう言うと思ったんだけど……」
「彼氏って事は、その人が好きなんじゃないの?」
「好きなんだけどー…… 彰くんも好きなんだもんー」
……何言ってるんだろ、この子。
「だって彰くんは、彼氏にはなってくれないでしょ?」
「――――……」
「なんか、それは分かるからさ。それで、彼氏、探したんだけどね」
「――――……」
「しょうがないかなぁ……」
真琴は、ふ、と息をついて。
「彰くん、ちょっとじっとしててね」
「……?」
首筋に、すり、と真琴がすりよってきて。
ちゅ、とキスして。 それから、きつめに、吸われた。
「――――……っ」
「……つくかなー、キスマーク」
「つくと思う……」
……結構、痛かったし。
真琴が吸った部分を指で少し擦ると、真琴はふふ、と笑った。
「――――……これで、最後にするね」
見つめられて。その意味するところに、分かった、と返す。
服を着て、立ち上がる。
「――――……真琴」
真琴の頭に、ぽん、と手を置いて。
なんとなく、撫でる。
「元気でね」
「うん。 彰くんも。――――……連絡先。消すね」
オレは頷いて、真琴のその頬に、最後にキスして。
手を離した。
真琴のマンションを出て。
歩きながら、真琴の連絡先と履歴を、削除した。
少しだけ、寂しいような気持ちはあるけれど、全然ダメージが無い。
ダメージがないことが、問題な気が、する。
彼氏にはなってくれないでしょ、という真琴の言葉が、たぶん真琴の気持すべてを表してるんだと分かったけれど。
それに敢えて答えず、離れた自分を、卑怯だと思いながら。
――――…… なんだか、感情が全部、何かに包まれてるみたいで。
遠いところにあって。
なんだか、ちゃんと、感じない。
二年前から。ずっと。そう。
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