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第60話「剣道の見学」

 翌日の夕方。館長と会って話をして、道場の見学をするだけの予定だったのだけれど、仁が大会の高校生の部門で優勝したと伝えると、少し見せてほしいという事になった。それでオレは、道場の隅に座って、仁を見学。  小中学生が多く居る時間で。道着ではなく私服で立った仁を、子供達が気にしてチラチラ見ている。  その様子に気付いた先生たちが、じゃあ見学がてら休憩にしようと告げたので、結局、子供達皆が遠巻きに仁を見る事になった。  竹刀だけを借りて、仁が少し準備運動をしてる。 「――――……」  そういえば、仁が剣道をしているのを見るのって久しぶりかも、  小学生の時は、母さんのかわりに迎えに行ったりもしてたのでよく見ていたけど。  準備を終えた仁が、竹刀を持って、構える。   「――――……」  真剣な表情。  まあ文句なしにカッコイイけど。  剣道の事は、全く知らない。  仁がやると聞いても、オレもやるとはならなかったし、大会も応援には行ったけど、勝ち負けのルールもよく知らない。  分かりやすい一本、とかが分かる位。  ただ――――……仁の、立ち姿は、綺麗だと、思う。  構えた状態から振りかぶって、素早く振り下ろす。  足の動きも、素早い。  詳しいこと、分かんないけど。  ――――……ずっと見てられそうな位。 なんか綺麗。  素振りから始まって、何種類かの技を見せて、仁がふ、と、館長に目を向けた。   ふ、と笑んで、館長が「すごく良いね」と、告げてる。 「皆ちゃんと見てたか? 見本みたいな素振りだったろ」  そんな風に、子供達に言ってる。  ――――……結構な誉め言葉じゃないかな。  仁は、汗を拭ってる。  こんなわずかな時間なのに、あんなに、汗かくんだ。  集中が半端ないからか――――……。  ふ、と仁がオレに視線を流して。目が合った。  なんか――――……どき、とする。  知らない男、みたいな、表情。  ――――……長年見てきた仁とは……違う、男っぽい顔で。  何だか、な。  ――――……この離れてた二年間って。  仁の成長だけ、すごい気がする。  ……つか、オレ、成長した?   なんか退化してないかな……。  ……って、これだよな、きっと。この後ろ向きな感じ。  寛人がやばいっていうのはきっと、オレのこの感じ。  分かってはいるんだけど……。  仁が館長と話してるのを見ながら、目の前で練習を再開した子供達を眺める。  さっき仁がやってたいくつかと、同じ動きの子達も居る。  でも、速さとか、綺麗さがやっぱり全然違う。  ――――……そうだよな、優勝してるんだから、実力があるって、事だよな。小学生から始めて、高校生まで、よく頑張ってたよな。  しばらく眺めていると、仁がゆっくり歩いてきた。 「お待たせ」 「ん、お疲れ。 話、済んだ?」 「うん」 「入るの?」 「うん、多分ね。子供達が終わると、社会人とかのクラスになるみたい。オレは別にどっちでもいいって。大学生も、この時間の途中から、社会人の方にまざったり、適当らしいから。それくらい適当な方が、やりたい時に来れるから、いいかも」 「そっか。申し込みは?」 「書類もらった。詳しい事色々書いてあるから、よく読んでから、決めてくれだってさ」  手に持ってた封筒を見せながら仁が言う。 「じゃあ、今日はもう帰る?」  そう言って、立ち上がり、仁を見上げた瞬間。  仁の後ろに、男の子がひょこ、と現れた。 「仁、うしろ……」 「ん? あれ。――――…… なに?」  男の子に気付いた仁が、ひょい、としゃがんで、その子に視線を合わせた。 「あの……素振り、すごいカッコよかった」 「はは。 ありがと」  笑って仁が言うと、その子は、ぱ、と笑顔になった。 「ここに入る?」 「うん。多分ね」 「入ったら……教えてくれる?」 「……どうだろ。 ちょっと待ってて」  ふ、と微笑んで、仁が言って。  館長のもとに歩いていって、少し話して戻ってきた。 「入ったら、指導とかもしていいって。見てあげられるよ」 「やった!」  無邪気に喜んでるその子の頭をくしゃ、と撫でて、仁が笑った。 「頑張っておいで」 「はーい」  喜んで、走り去ってく後ろ姿を見送ってる仁。  クスクス笑ってしまう。 「仁のファンが出来てる」 「え」  振り返って、苦笑いの仁。 「ファンて……」 「……ここに入るの、多分じゃなくて決定?」 「うん……そうだね」  仁は、クスッと笑う。 「館長って、真鍋先生の仲良しらしくてさ」 「え、そうなの?」 「だから、見学行くならほぼ決まりかなあとは思ってたから、理念とかはもう色々ホームページで見てきたんだよね。まあ、一応これ読むけど……」  仁は、目の前の子供達に目を向けて、ふ、と笑った。 「オレも、子供ん時、高校生とか大学生の人たちにいっぱい教えてもらったんだよね。 ……懐かしい」  子供達を見る眼差しが優しい。  なんとなく黙っていたら、仁が、ふ、とオレに目を向けた。 「いこっか、彰」 「ん。もういいの? 次のクラスは見なくていいの?」 「雰囲気は分かったから、いい。彰はどう思う?」 「……剣道がどうとかは分かんないけど…… 雰囲気は良いんじゃない? 子供達は楽しそうだし」 「そっか。……ありがと」  ありがとって? と仁を見上げたら。 「なんとなく彰にも見てほしくて、連れてきちゃったからさ」  ふふ、と笑って、仁がそう言った。 「行こう、彰」 「ん」  館長や、他の先生たちに挨拶して、道場を後にした。 「子供達、可愛かったね。ちっちゃいのに、道着着て、竹刀持って」 「うん」 「仁も、あんなだったんだよね」 「そーだね。……なあ、彰」 「ん?」 「竹刀ふったとこ、ちゃんと見てた?」 「見てたに決まってるし」 「どうだった? 久しぶりだったからさ。なまってたかも」 「んー……すごく、綺麗だった」 「綺麗?」 「――――……剣道分かんないから、うまいとか分かんないけどさ」 「うん」 「速くて、綺麗でカッコよかった」 「――――……そっか」  仁が嬉しそうに笑ったので。  オレも、また笑い返した。 「仁、忙しくなりそうだね。塾とカフェと道場と、学校も始まったら」 「……まあ、そう、かな。でもなるべく食事は作るから」 「てか、気になるのそこなの?」 「うん」  なんか可愛く思えて、笑ってしまう。 「オレも少しはできるようになってきたから、無理しなくていーよ」 「じゃなくて、一緒に作るって事」 「――――……」  そんな答えに、仁を見上げると。  仁は、じっとオレを見つめてくる。 「分かったよ……一緒に、作ろうね」  クスクス笑って答えると。  仁もまた、笑って、頷いた。

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