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第63話「桜の下で」
「はい。分かりました。じゃ行きますね。仁は今日は空いてないので……はい。じゃ十三時に……」
朝食の後、真鍋先生から掛かってきた電話を切ると、仁が、何だったの?と聞いてきた。
「色々雑務がたまってるから、もし予定が空いてたら、二、三時間でもいいから来てほしいって」
「そんな事もあるんだ」
「うん。たまにある。特に今は春期講習で忙しいから。オレは中学生までしか今教えてないけど、違う時間に高校生のクラスとかもあるからさ」
「ふうん。 何時に行くの?」
「仁は、何時に出る?」
「十五時に店って言われたから…… んー。十四時半位に出ようかな」
「オレ、昼ご飯食べたら、出るね。十三時位から塾に入れるようにする」
「ん、じゃあ早く昼たべよ」
「ん――――……あ」
また電話が鳴って、スマホの画面を見ると亮也だった。少し離れて、窓際に立つ。
「もしもし?」
『彰? なあ、今日暇?』
「今日は……昼からバイト」
『何時まで?』
「十三時から、二、三時間だと思う」
『じゃあ、下に行くから、お茶しよ』
「お茶?」
『オレも今日は夕方からバイトだからさ。その前に少し会お』
「……うん。いいよ。じゃあ、バイト終わりそうになったら、連絡する」
『ん、十五時とか十六時って事だよな?』
「うん」
『了解、じゃーな』
短い電話で、会う約束をして、通話を切った。
「誰かと会うの?」
「うん。少しお茶するだけで帰るよ。 夕飯作るしね」
「そか。な、彰。……オレがバイト慣れたらさ、お茶しに来て」
「ん。分かった」
うなずくと、嬉しそうに笑う。
朝食の食器の片付けを二人でししていると、仁が話し出した。
「午前中はどうする、彰」
「んー……洗濯干して……シーツ洗いたかったんだ。仁のも一緒に洗う?」
「うん。 じゃ両方引っぺがしてくる」
「ありがと。じゃあ洗濯干してるから、洗濯機突っ込んでくれる?」
「OK」
手分けして家事を済ませる。Tシャツを手に取って、ハンガーにかけて、物干しに掛ける。
良い天気だなー……。
空が、綺麗。
そういえば――――…… 桜が咲き始めたとか、言ってたっけ。
「シーツ、洗濯機入れてきた」
「うん。ありがと」
カゴから、服を出してハンガーにかけて、オレに渡してくれる。
二人で干してると早い。終わった洗濯カゴを持って、仁が脱衣所に置きに行く。
「な、彰」
「うん?」
「シーツ干し終わったら、散歩、行こ?」
「散歩?」
「桜が咲き始めたっていうからさ。散歩して、外で食べるとこあるなら食べて、そのままバイトに行かない?」
「うん。……いいよ。とりあえず、準備してくる」
自分の部屋に戻る。
「――――……」
……桜かー……。
一緒に、散歩か。
普通の大学生の兄弟って、一緒に桜見に行ったり、するのかな。
適度な距離っていうのが、分からない。
行くのかな、普通……? 別に普通??
悩んでる所に、仁がノックと共に入ってきた。
「彰、行ける? あと十分で洗濯機は止まるよ」
「うん。……あ、そうだ。バイトの服に着替えるから待ってて」
「了解。オレも干したり、バイトの準備しとく」
服を着替えて、準備をして、部屋を出る。
シーツをちょうど干し終えてくれた仁と一緒にマンションを出て、河原に向けて歩き出す。
「天気よくて気持ちいいね」
仁の言葉に、頷く。
ほんと、良い天気。
晴れやかな、青空。
河原沿いに桜並木が長く続く。
まだ咲き始めだからか、そこまで人は居なくて、のんびり歩いてる人達がパラパラと居る程度。
でも、実際歩いていると、日当たりのいい場所の桜はかなり咲いてる。
「綺麗だね」
今日は風が結構あるので、少しだけど、花びらが舞ってる。
「彰、桜、似合う」
クスクスと、仁が笑った。
「何それ、似合うって」
言いながら振り返ると、仁が、ふ、と笑う。
「何かそう思っただけ」
「……変なの」
「変じゃないし」
苦笑いの仁は、スマホを取り出して、咲いてる桜の樹を、写真に撮り始めた。何枚か撮ったあと、「彰、こっち向いて」そう言われて咄嗟に振り返ると、仁にカメラを向けられていて、ぱしゃ、と、撮られた。
そしてその写真を見せてきて、笑う。
「ほら、似合うでしょ」
「――――……だから、似合うって何……」
「なんで分かんないかなー……まあいっか……なあ、彰、昼はハンバーガーとかでも良い?」
「ん? ……あ、ここで食べる?」
「うん。それでいい?」
「いいよ――――……もう買いに行く?」
「オレ、適当に買ってくる。待ってて?」
「……一緒に行くけど?」
「ベンチ、とっといてよ」
楽しそうに笑う仁に、「分かった」と、微笑み返す。
軽やかに階段を駆け上がっていく仁を見送って。
桜を見上げる。
ほんと、綺麗。
満開も良いけど、つぼみがいっぱいなのも、良い。
あと二週間もしたら――――……全部散っちゃうんだろうなあ。
ふっと、切なくなる。
わずかな間の美しさと知ってるから、余計焦がれて、見上げるのかな。
もし桜が一年中咲いてたら、それに慣れて普通の景色になって、見上げなくなるんだろうか……。
川に散って流れていく花も、綺麗。
風にひらひら舞う花びらも。
ほんと、綺麗。
ただただ、ぼーーーー、と、桜を見つめる。
ほんわかと優しいピンク色の世界の真ん中、 少しだけ、気持ちも和らぐ。
「彰、おまたせ」
「あ。お帰り。ありがと」
「うん」
仁がベンチの端に座り、オレとの間に、買ってきたものを並べる。
「紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「仁が選んでいいよ」
「オレは、マジでどっちでもいいから」
「……じゃあコーヒーにする」
「ん」
いただきます、と言って、二人で食べ始める。
「――――……たまには外で食べるのも、いいね」
「だろ?」
仁が楽しそうに笑う。
ぼーと桜を見つめながら。
コーヒーをストローで啜ってると。
「あ。――――……彰、そのまま、動かないで」
「え?」
「ストップ」
言われて固まってると、スマホを出した仁が、オレにスマホを向けてくる。
「なに? 写真ならさっき――――……」
「いーから、動かないで。ちょっと笑ってみて」
「……笑えないし」
「ちょっでいいから。お願い」
仁の訴えがちょっと面白くて、ぷ、と笑った瞬間、シャッターを押された。
「――――……あ、ちゃんと撮れた。 見て」
見せられると。
オレの髪の毛に、ピンクの花びらが乗ってる写真。
「はは。やっぱなんか似合うし」
「似合うとか言って、笑うなよ」
「いや、これは馬鹿にしてるとかじゃなくて――――……」
「なんだよもう」
言いながら、その花びらを取ろうと、上方向を見ながら自分の髪の毛に触れていると。
「こっちだよ」
仁の手が伸びてきて、そっと、触れた。
「――――……」
強張ったオレには、気づかずに。
仁は、するりと、オレの髪の毛から花びらを抜いた。
「はい、あげるね」
右手に持った花びらを、オレの手の平に乗せてきて、くす、と笑う。
「バカにしたんじゃなくて、なんか可愛くて笑っちゃったんだけど」
クスクス笑う仁。
「……可愛いとか、やめろよ。……男だし」
「別に男だって、可愛い時は可愛いし。それくらい言ったって、いーじゃん、別に」
仁がそんな風に言って、肩を竦めながら、桜を見上げてる。
「……オレは 可愛いとか、言われたくない」
「――――……」
静かに、言うと。
仁が、何となくふざける雰囲気じゃないって、察したみたいで。
急に振り返って、オレを見てから。
「……分かった、言わない」
そう言って、オレが頷くのを確認すると、不意に立ち上がった。
見上げると、普通に笑顔で、仁は言った。
「ちょっとオレ、足りないから、デザート買ってくる。彰、いる?」
「……まだ食べてるし。今はいいや」
「じゃ行ってくるね」
「ん」
さっきと同じように、仁が、階段を駆け上って消えていった。
コーヒーを飲んで、ふーー、とため息をつく。
仁に乗せられた、手の中の、花びら一枚を、じっと見つめる。
なんか、苦い。
――――…… よく、分からないけど。
……さっきより苦く感じるコーヒー。
視線を落として、浅い川に近付くと、しゃがみこんで、手の平の桜を水に浮かべた。
流した桜の花びらが、他の花びらと混ざって、消えていくのを。
なんとなく、目で追った。
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