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第66話「鼓動」
塾の講義を終えて、生徒達が帰って行く。
また仁がつかまってる。生徒の女の子達、めちゃくちゃ楽しそう。
やっとの事で送り出した仁が、苦笑しながら、オレの側に戻ってくる。
「ごめんね」
「別にいいよ。少しの時間だし。人気あっていいじゃん」
「ていうか、オレ、まだ、先生と思われてないんだろうな……」
困った顔しつつ笑ってる仁に、ぷ、と笑ってしまう。
「ダテの眼鏡でもかけよーかなー。 ドまじめな、黒縁の変なメガネとか」
「……掛けたいなら 掛けても良いけど」
「――――……んー……」
「……んー、でも、似合いそうな気もするけど」
黒縁めがねの仁を想像しても、別に変じゃないなあと思って、そう言うと。
「……は、なにそれ。オレ、そんなカッコいい?」
「別に、オレ、カッコいいとか言ってないけど」
「黒縁の変な眼鏡でもいいって言ってんじゃねーの?」
「なにいってんの、仁……」
はー、とため息をつきつつ、仁を見やる。
オレだけ教壇に乗ってるので、珍しく、仁を見下ろす感じで。
「彰ってオレの事カッコいいと思う?」
「……何その質問」
「いや、どう思ってんのかなーと」
また変な質問してくる。
ていうか。その質問て、答える必要ある? 自分で分かってるだろ。
「……客観的に見て、カッコいいんじゃないの?」
言うと、仁は、違うっつーの、と眉を顰める。
「オレ、彰がどう思うか聞いてんのに」
「――――……そりゃ、カッコいいだろ? 仁の事、カッコよくないとか言う奴、居るの?」
「――――……ふーん……」
「何、ふーんて」
「はは。 なんか、うれしーかも」
すごく無邪気に笑った仁に、一瞬、言葉に詰まって。
すぐ仁から目を逸らした。
「……戻ろ」
教材等、色々まとめて、手に抱える。
「持つよ?」
「別に平気だよ、これ位」
「分けてくれればいーのに」
そんな風に言われるけど、もう微妙なバランスで、腕の中に抱えてしまった。
「分けると崩れるから、このまま持ってく。電気だけ消して?」
「はいはい。確かに崩れそう……」
苦笑いの仁が電気を消してくれて。二人で教室を出て、ドアを閉める。
階段を下りながら、隣の仁に視線を向けた。
「今日って午後は空いてるの?」
「うん、カフェのバイトも無いし。暇」
「そっか。昼どうする? ――――……あ、やば」
「え?彰?」
階段降りてる途中で立ち止まり、もう一度上ろうと、向きを変えた。
「スマホ、教卓の下に置いてきちゃった。取ってくる」
「つか、オレ取ってくる、彰はその荷物そのまま下に持ってった方がいいだろ」
そう言われてみれば。
と思って、上りかけたその足を止めようとした瞬間。
足がずる、と滑って。
――――……え。
両手にいっぱいの荷物を抱えていた為、
咄嗟に手も出ず。バランスも取れず。
落ちる、と思って。思わず目をつむった。
「――――……っ……」
数秒経って。来ると思ってた衝撃が来なくて。
というより、思ってたものよりずっと弱い衝撃で。
――――……おそるおそる目を開けたら。
階段の一番下で。
仁を下敷きにしてる事に気付いた。急いで避けて、仁に触れる。
「仁っ?」
「……――――……ッ」
返事、してくれない。
「仁……!」
叫んだ瞬間。
「っ……大、丈夫…… 痛って……」
仁が、ゆっくり、起き上がって。
それから、すぐ、オレに視線を向けてくる。
「――――……仁……」
「……つか、彰、痛いとこない? 大丈夫?」
「仁、が庇ってくれたからオレは…… 仁、どこも痛くない?」
「オレは、平気」
「よかった――――…… びっくり、した……」
はー……。
息をついたら。力が抜けて、その場に座り込んだ。
「つか、オレのセリフだっつーの…… もう…… あっぶねーだろ……!」
少し怒ったみたいに言った仁に。
その勢いのまま、ぐい、と引き寄せられた。
「――――……っ……」
「……心臓止まるかと思った……はー よかった。彰、怪我なくて」
ぎゅ、と抱き締められて。そんな風に言われて。
動けず、固まってたら。
「あ。……悪い」
そう言って、仁が、ぱ、とオレを離した。それでも。
「……でもマジでびっくりしたんだからな。気を付けろよ、彰。もうあんなに荷物持つの禁止だからな」
両肩掴まれたまま、近距離で、諭すみたいに注意される。
「うん…… ごめん……」
謝ると。仁は、ふ、と息をついて、オレを離した。
「すごい事になってるし……」
苦笑いしながら、見事に散らばったプリントや教材を、仁が集め始める。
一緒に集めてまとめると、仁がそれを手に抱えた。
「彰、スマホとってきて。オレこれ、彰の机まで持ってっとくから」
「……うん。ありがと」
そこで仁と別れて、教室に戻る。
教卓の下の棚に置いたスマホを手に取って。
「――――……」
そのまま、しゃがみこんだ。
――――……心臓が、痛い。
手が、震える。
何だこれ。
ドキドキして――――……。
最近、ずっと胸のどこかが痛かった、その感覚が。
仁に抱き締められた瞬間。
――――…… 急に、胸に迫ってきた気がして。鼓動が、早くて。
突然。
思い出した。
『彰、オレの事、好きなんじゃねえの……?』
二年前の、仁の、言葉。
ずっと。
――――……胸に引っかかって。
でも、思い出さないように、してたのに。
嘘だろ、オレ。なに今更、こんなの、思い出して。
「――――…… んな訳、ないし……」
絶対、違うし。
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