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第83話「覚悟も無いのに」

「お待たせしました」  亮也の料理と飲み物を持ってきたのは、優奈ちゃんだった。  オレのカフェオレも、一緒に持ってきて、置いていった。 「お、すげ。うまそう」  亮也が、いただきます、と言って、頬張る。 「美味しいよね」 「ん」  ――――……カフェオレ、仁、持ってくるって言ってたのに。  ……何に怒ってるんだろ。 ……亮也に? ……オレに? 「……なあ、彰」 「ん?」 「……お前の弟さ」 「うん」 「……オレに対しての態度と、他の客へのと全然違うんだけど」 「――――……」  仁を目に映してるらしい、亮也のしかめ面に、思わず苦笑い。 「うーん……なんか……よくわかんない」  分からない。  仁が何思ってるのかも。 ……オレの気持ちも。 「……なあ、彰」 「……ん?」 「この後、オレんち行かない?」 「――――……だから、しないって……」 「しなくていいからさ。 家飲みしようぜ」 「――――……」  んー、と考える。 「オレが無理矢理そんな事する奴じゃないのは知ってるでしょ」 「――――……それは知ってる」 「てか、オレ、昨日も今朝もしてきたかんね。たまってないし」 「そういうの、言うなよ。……声でかいし」  つーか、こんなオシャレな店の、オシャレな空間でする話じゃない。  苦笑いしか浮かんでこない。  ……あーでも……モテまくりの楽しそうな仁を見て、そのままひとりで帰るのも。  ……なんか、沈みそう。  ………ってなんで沈むんだ。バカ。オレ。  でも 沈む。  ……もう、なんか、分かってる。  オレの意思とは関係なく、勝手に心が沈むんだから、もう、どうしようもない。 「――――……飲みだけなら行こうかな……」 「ん、オッケイ。 つまみ買っていこ」 「ん。……そうしよ」  頷いて。  カフェオレを飲むと。  すごく美味しい。  あんなに嬉しそうに笑って、カフェオレ、持ってくるって、言ってたのに。  ……何で自分で持って来ないんだ。  仁の態度が――――…… 意味が分からないし。  ……それがこんなに気になる自分が、また、意味が分からない。  弟がちょっと意味不明に機嫌悪い。そんなの、ほっとけば、いいのに。  ほっとけないって…… ほんと――――……意味がわからない。 「うまかった。ごちそうさまー」  亮也ののんきな声に、ふ、と笑うと。 「あ、でもコーヒーは彰の淹れる方が好きかも」  こそこそ、と囁く亮也に。 「え、そう?」 「うん」 「ここのコーヒーすごく美味しいけど」 「んー、まあそうだけど……」 「失礼します。お皿下げます」  優奈ちゃんがにっこり笑いながら、亮也の皿に手を伸ばした。立ち去る後ろ姿を見送り、亮也がテーブルに肘をつきながら。 「でも、オレ、彰の方が好きだな」 「それは……嬉しいかも。 お世辞でも、ありがと」 「お世辞じゃないし」  ふ、と笑いあう。  亮也が「コーヒー飲んだら、買い物いこ?」と言った。 「ん、いいよ。つまみって何買うの?」 「焼き鳥とかー。餃子とかー? から揚げとか?」 「あ、駅の地下にさ、チーズの専門店みたいの出来たんだ。寄ってこ?」 「おーいいね。ワインも買ってく?」 「あ。ワインは……やめとく。こないだ、すごく酔っぱらったんだよね……」  そう言うと、亮也は、あれそーなの?と笑った。 「酔ってどーなったの?」 「一緒に行った友達におんぶされて帰って、そのままベッド」 「へえ。 ワイン買ってこー」 「……聞いてた? 話」 「うん」  クスクス笑う亮也。 「あ、オレちょっとトイレ行ってくる」 「うん」  亮也が席を外した時。ちょうど、接客を終えた仁が、近くの通路を通った。 「あ、仁」 「――――……」  足を止めた仁に、見下ろされる。 「……カフェオレありがと」 「ん。……美味しかったでしょ?」 「うん」  ――――……なんでそんな機嫌悪いのか。  普通なら、聞けるんだろうけど……。 「……オレ、もう少ししたら帰るね」 「――――……今日オレ、十八時までだから」 「……あ。オレ、夕飯食べて帰るから……」  うう。なんかすごく、言いにくいし。 「……ごめんな、今日は好きに食べといて?」 「……今の奴と行くの?」 「――――……うん」 「――――……」  ……なんでそんなに、亮也の事、やなんだろ。  そうとしか思えない感じで、仁が息をつく。 「……彰」  まっすぐ仁に見つめられて。 「早く、帰ってきて」    ――――……まっすぐな、瞳。  なんだか。  咄嗟に。  ――――……昔を、思い出す、ような。   「じん……?」  見つめあったその時。  亮也が帰ってきた。  ふ、と視線を逸らして、目の前に座った亮也に視線を移した。亮也は伝票をすっと手に取る。 「――――…… そろそろ行く?」 「……あ、うん。行く」 「じゃ先レジしとく」 「あとで払う」 「ん」  先に行った亮也を見送ってから。  仁に視線を移した。 「帰るね?」 「……うん」  仁が頷いたので、会計をしてる亮也のところに、歩き出そうとしたら。  急に、腕を掴まれた。 「え……」  至近距離で、仁を見上げる。 「――――……早く帰ってきてよ」 「……―――……」 「……夕飯はちゃんと食べとくから」  仁の指が、そっと離れる。  離されても。  跳ねた心臓が、収まらない。 「彰?」  亮也が、振り返ってくる。 「――――……うん、行く」  仁に背を向けて、歩き出す。  なんか。  すごく――――…… 切ない。  仁から離れるのが。  なんか――――……オレ、本当に、  ……バカだよな。  二年前。    ちゃんと考える事からも逃げて、頑なに、受け入れなかったくせに。  ただ、逃げたくせに。  きっと、苦しんで――――……でも吹っ切って。  関係、修復しにきてくれた弟に、今更、色々思い出して――――……。  ほんと、今更。  しかも。  今も、なんの覚悟も、ないくせに。

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