85 / 135

第85話「ため息しか」

 しばらくの沈黙の後。オレはため息とともに。 「……もーいいや……お前に隠しても、無駄な気がするし……」  そう言ったら、亮也はニヤ、と笑って、「そうそう。全部白状しちゃいな?」と言う。 「……逃げてきた相手が仁だってのは……合ってるんだけど……」 「……けど?」 「もう今は違うから、今日、態度が悪かった理由はよく分からない」  そう言うと、亮也は首を傾げた。 「……今は違うって何?」 「……仁も今年入学するんだけど……昔のは勘違いだったって。兄弟でやり直したいって……謝ってきてくれたから、今、一緒に暮らしてて……」 「――――……へー……」  何だか色んな思いが籠ってそうな、意味ありげな声で呟いて、亮也はしばらく黙って。それから、オレを見つめた。 「二年間、会ってなかったの? 連絡は?」 「……全然。取らなかった」 「向こうからも?」 「うん」 「……じゃあその間に、オレら一緒に居たのか」  ふーん、と、亮也が考え深げに頷いてる。 「弟から告られて、かー……」 「……仁とは血は繋がってないよ。親が再婚したから」 「……ああ。なるほど……」  また、ふーん、と頷いて。 「……現実にあるんだなー義理の家族と恋愛とか。……まあ、男同士だからさらにレアだと思うけど」 「――――……ん……」 「男の兄弟ってなると、遠慮とかも無さそうだし、よっぽどじゃないと、好きになる事なんか、なさそうだけど……」 「……そーだな」  亮也は、んーー、と少し唸ってから。 「……なーんか…… 彰のさぁ……よく分かんなかった部分が、今全部はっきりしたような感覚。分かる? オレ今すっごいすっきりしてるんだよね」 「……まあ。何となく分かる……」  二人で何となく無言。  ふー、と同時に息をついて、苦笑い。 「……大変だな、なんか……」 「――――……高校生の時は大変だったけど……今は別に……」 「何、高校生ん時、何が大変だったんだよ?」 「――――……」  失言……。  亮也は、じー、とまっすぐオレを見つめてくる。 「何かされたの?」 「――――……好きって言われて……キスされた」 「一回?」 「……しばらくの間」 「どれくらいのキス?触れるだけ?」 「……」  少しだけ首を振って、ため息。 「――――……んー……?」 「――――……なに?」  なんか変な事、言いそうだなー……と、警戒しながら、  亮也を見つめると。  亮也が、不意に立ち上がって。 「彰」  頬に触れられて。  不意に、唇が、重なってきた。 「……りょ――――……っ」  舌が遠慮なく入ってきて――――……。  亮也の胸に手を置いて、ぐい、と押し返した。  けれど、亮也の様子は少し変で。  キスしたかったというよりは、何か言いたげなので、黙って、見つめあう。 「何――――……?……」 「……んー…… キスってさ」  ふ、と苦笑いを浮かべる、亮也。 「嫌なら、されっぱなしって、無くない?」 「――――……」 「彰はオレとのキスは慣れてるから、突き飛ばすの、少し迷ったんだろ。でもやっぱり、今はしたくないって思ったから、どけたんだよな?」 「――――……」 「ディープなキスを、しばらくの間、何回もさせるって、無くないか?」 「……仁の時は……最初は驚いて突き飛ばせなかった。傷つけないように、どう言ったらいいんだろ、て、最初の頃は思ってて――――……」 「うん。最初は思ってて?」 「――――……その後は…… なんで離せないのか……分かんなくなって……」 「――――……」 「……でも、もう、考えちゃだめだと思って…… 絶対無理、て言って。ちょうど受験の時期だったから……家出て、こっちに、出てくる事に決めた」 「……ふーん……。そっか……」  ふー、と息をついて。  亮也は、そっと、オレの肩に触れた。 「――――……彰、ちょっとじっとしてて」  そのまま、ぎゅ、と抱き締められる。 「亮也……?」 「なんとなく――――……これ以上何もしねえから、ちょっと抱いてていい?」 「……?……ん」  ……なんだろ亮也。  ――――……こんなの、初めてだな……。  少しして。  くしゃくしゃ、と髪の毛を撫でられて、ポンポン、と叩かれた。 「……どーしたの?」 「んー…… 彰ってさ、人が具合悪いとか、元気ないとかは、すぐ気づくのにさ。……自分の気持には、鈍くてさー……」 「……そう?」 「――――……まあこれに関しては、鈍いっつーか…… なんかなー……ほんと…… 彰って……」  言いながら、はー、と何度も、ため息をついてる亮也。 「もー、何だよ……」  人を胸の中に置いたままため息をついてる亮也を、少し引き離す。 「彰さ、弟の事が好きだったんじゃないの?」 「――――………」  なんで、こう。  ――――……ずばり、核心をつこうとしてくるのかなあ……。  ほんとに……。 「……とりあえず、離れて、亮也」 「……はーい」  苦笑のままふざけたようにそんな風に答えて、  亮也が向かい側にまた座り直す。 「……そろそろ帰ろうかなオレ」 「は? 帰す訳ないじゃん」 「………はー……」  即答されて、ため息しか出てこない。

ともだちにシェアしよう!