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第102話「涙」
「――――……?……」
自分の部屋のベッドで、目を覚ました。
――――……何でここに……寝て……。
そう思った瞬間。
――――……何があったのか、思い出した。
え、オレ――――……。
全然、あの後の記憶がない。
キスで息できなくて、泣いて、仁に、触れられて。
頭、真っ白になって、――――……落ちた?
……っ……何してんの、オレ。
仁は――――……?
焦って起き上がると。
ベッドの足元の方に、仁が腰かけていて、オレの起き上がった気配に気付いて、視線を向けてきた。
「――――……仁……」
名前を呼ぶと、仁が、静かに息を付いて。静かに静かに、話し始めた。
「――――……気、失わせるとか……ほんとごめん。……大丈夫……?」
さっきの仁が、幻だったみたいな。
静かすぎる、声。
ただ、頷いて見せる。
「……オレ……無理矢理なんて、もう絶対しないって決めてたのに……彰の事、オレより知ってる奴が居るのが……許せなくて……」
「――――……」
「自分が、こんなに抑えがきかないって――……ほんと、情けない。……ごめん」
なんて、言えば、良いんだ。
こんな辛そうに、話す、仁に。
――――……オレ、何て言えば……。
「……仁、オレ さっきの――――……」
全然平気だから。
オレが悪いから。仁は悪くないから。大丈夫だから。
仁に言っておきたい自分の想いを、言葉にするなら、それだったんだと思う。 でも。
口からは、出せなかった。
平気――――……じゃない。
……仁のかわりに、仁じゃない奴に抱かれて。
その後も、ズルズル、関係続けて。それを知られて、傷つけた。
……仁は多分――――……。
まだオレの事、好きでいてくれたんだと、さっき、分かった。
キスしたのも、触れたのも。好きで、いてくれた、から。
好きじゃなかったら――――……。
オレが 誰と寝てたって、怒らないだろうから。
キスされて――――……分かったのは。
やっぱりオレは、仁のキスが――――……嫌じゃないってこと。
キスが嫌じゃない時点で、オレが、仁のことを好きだってことも。
でも、分かったけど――――……。
あんなに傷つけて。あんな事をさせて。こんな風に謝らせて。
平気だとか、大丈夫とか。
……どうやって言えばいいんだか、分からなかった。
沈黙が辛かったけれど――――……。
――――……何も。話す言葉が、出てきてくれない。
長い沈黙の後。
「……彰――――…… オレ、しばらく、彰と離れたい」
オレは、俯いていた顔を咄嗟にあげて、仁を見つめるけれど。
仁は、顔を逸らしたまま。
「しばらく顔合わせないようにする。飯とか家事とかも、オレの分はオレでやるから、放っておいて。連絡も取らない。しばらく……彰も、オレに会わないようにしてくれると助かる……」
「――――……」
「ごめん、彰。頭冷やすから。もう、絶対、あんな事、しない。本当に最低なお願いだけど……さっきの忘れてくれない、かな……」
「――――……」
「――――……忘れてくれたら…… 今度こそちゃんと、弟に戻るから」
――――……体の中が、一気に冷えた。
冷たい。
……弟――――……の方には触れられずに。
「……しばらく、て……?」
そっちを、聞いた。
「――――……分かんない。頭、完全に冷えたら……オレから、話しかけるから。それまで。……いい?」
頷くしか、ない。
「――――……本当に……ごめん」
最後に、そう言って、仁は立ち上がると、部屋を、出て行って。
ドアが、静かに、閉まった。
「――――……」
――――……胸が、痛い。
どんな気持ちで、今の言葉を言ったんだろう。
オレが悪いのに。
――――……全部、オレが悪いのに。
二年前も、仁は――――……まっすぐで。
オレだけが、本当の気持ちを受け入れられなくて。
あれを全部勘違いだったなんて言ってまで、やり直しに来てくれた仁に。
引きずってたオレが……バカみたいに、昔を思い出して、戸惑って。
今、仁に何か言わないと、と思うんだけど。
――――……何も、浮かばない。
仁が言う通り、離れる。
仁が それがいいなら、そうするしか、ない。
かなりの時間を、ベッドで過ごした。
ドアを開けると家の中は静かなので、多分、仁は自分の部屋。
とりあえずキッチンに行った。水を飲みながらふと、作りかけだったシチューの事を思い出して、コンロを見ると。
シチューは、出来上がっていた。
――――……作って、くれたんだ。
……食べてはなさそう、だけど。
一緒に、食べて。話して。
……好きだって――――……言えてたら…… こんなになってなかった、かな。
……でも、だめか。
――――……仁と居ない間に、オレがしていた事がバレたら……一緒か。
……不意に、涙が溢れて。
次から次に、落ちていく。
「………」
何で――――……こうなったんだろう。
傷つけて。……あんなに辛い顔、させて。
仁のことが、本当に本当に、誰よりも、大事なのに。
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