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第103話「それでいい」

   その時。  カウンターの上で、スマホが震えた。 「――――……」  亮也……。  ――――……泣いてるし、出る気がしなくて、そのままにすると、しばらく鳴って、切れた。  浮かんだ文字は、着信八件。  ……あぁ、心配、させてるな……。  そう思って。  涙をぐい、と拭ってから、しかたなく、亮也に発信した。 『あ、彰?――――……ごめん、かけまくって』 「ううん。ごめんね」 『変な感じで切るから気になって――――……大丈夫か?』  こういう時、いつもなら自然と、大丈夫と言うのだけれど。  ――――……何か、もう今、どうでもよくて。つい正直に。 「……ん……あー……ダメ、かな……」  そう言ってしまった。  そしたら、亮也、少し黙ってから。 『……何があったの?』 「――――……仁に、バレた」 『……バレたって? 何が?」 「……亮也と寝てたの……」 『――――……電話……聞かれて?』 「……うん」  頷くと、亮也は、しばし沈黙。 『……バレて、どうなった?』 「――――……仁が怒って…… キスされて……色々で……その後…… しばらく近寄らないって言われた。仁が頭冷やして……それから、弟にちゃんと戻るって」 『――――……つかさ。彰、泣いてる?』 「――――……うん」  もうなんか隠す必要もない気がしてきて。  どうせ、声がおかしいから、バレてるんだろうし。  涙ってこんなに溢れるんだと、思う位泣いてるし。なんかもう。体裁取り繕うとか、心配かけないようにとか。それに気を使えなくなってるかも……。 『……お前、うんとか、言っちゃう……?』  はー、とため息をついてる亮也。 『相当やばそうだな……』  二人で無言。 『――――……離れてって言われて、それで離れるのか?』 「……?」 『そこで、離れたくないって言えばいいんじゃねえの? 寝てたのは、もう事実だから謝ってさ。でもそん時はあいつの事忘れようとしてたんだから、しょうがねえじゃん。……それ言っても、ダメ?』 「ダメ……かどうかは分かんないんだけど……――――……オレさ……」 『うん』 「……昔、仁に、好きって言われた時から、ずっとさ」 『うん』 「――――……仁に無理させたり……辛そうな顔しか……させてない気がして……」 『――――……』 「……なんか――――……オレじゃダメなんだと、思ってて」  何もかもの、タイミングが合わない。  お互いの気持ちが盛り上がるタイミングが合わないとこ、とか。  話をする前に、こんなタイミングでバレて――――……。  こんな風になっちゃうとこ、とか。  オレ達、きっと、お互いを、好きではあったんだ、けど。  ――――……ダメな、運命なんじゃないのかな……  オレとじゃ、やっぱり仁は、幸せになれない。  そう思ってしまう。 『……それを決めるのは、彰じゃないじゃん。あいつが、お前と居て、不幸せだって言ったの?』 「――――……でも……そういう顔、してる」 『そりゃ、前に逃げてきた時はそうだろうし……今だって、そりゃ、大好きなお前が、男と寝てたとか知ったら、そりゃそうだろうけど……そうじゃなくて』 「――――……」 『……こっち来てから、ずっと一緒に居て、楽しかったんじゃねえの? セフレ切って、オレとももうしないって言ったのだって、お前があいつを好きだからだろ』 「――――……」 『……好きって、ちゃんと言ってないなら、他の男と寝てたって聞いて、今、幸せな顔するわけねえけど』 「――――……」 『……すげえ好きだって、言ってやったら? 弟だから逃げて、こっちでそういう事もしたけど、でも再会したら、やっぱり好きだから、セフレもやめたって。それ言っちゃダメなのか?』 「――――……仁、弟に戻るって、さっき、言ってた」 『だから、それは、彰が、言ってないからだろ?』 「……でも、あんなに辛そうな顔して――――…… これ以上、余計な事、言えない」 『だから、それは余計な事じゃなくて、言わなきゃいけない事、なんだよ』  ――――……分かんない。  ――――……亮也が、何を一生懸命、言ってくれてるのか。  だって。  ――――……もう、今更だと思うんだよ。  あんなに  辛そうな顔――――…… もう見たくない。  オレがここで、好きだなんて言ったら。  ――――……余計苦しめる。 『あいつ、今、その家にいるんだろ?』 「……うん、たぶん、自分の部屋に……」 『好きだって、言ってこいよ』 「――――……」 『弟っていうのが、どうしても引っかかって無理で逃げてたけど、どうしても好きだって。 ちゃんとほんとの事を、言って来いよ』 「――――……亮也は、何でそんなに……オレに言わせたいの」 『だってお前――――……言わないで済ませたら、また辛いぞ』 「――――……」 『はっきり好きって言って、それでも向こうが――――…… 他の男に抱かれたのが許せないっていうのなら……』 「――――……なら?」 『……その家出て、うち来て良いよ』 「――――……なにそれ」  泣き笑い、みたいに、なってしまう。 『逃げ場所になってやるから。――――……言ってこいよ』 「――――……りょうや…… もう。お前ほんと、良い奴な……」  ――――……でも。 「……でも、言わない。――――……仁がもう、弟に戻りたいなら」 『――――……』 「……オレ、それで、いい」  亮也は、そこで黙ってしまった。オレもそれ以上言うことが浮かばなくて黙っていると。  しばらくして、亮也がまた、口を開く。 『ほんとにいいのか? ……そういうのは、すぐ言った方が、いいぞ? 時間置いて、ほんとにあいつがお前の事諦めたら、どーすんだよ」 「――――……だから、それでいいよ……」  兄弟でも家族でもなく。  男でもなく。  試すために、違う人と寝たりしないような。  する事も言う事も、優しい、可愛らしい、女の子。  仁には、そういう子が似合う。  そういう子と、幸せになってほしい。  仁が、幸せになってくれるなら、  それでいい。  ほんとに、本心から。  そう思ってる。 

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