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第105話「切ない」
その日から――――…… 仁とは、まったく顔を合わせなくなった。
食事は全部外でしてるみたいで。
午前中出て行ったり。帰りもすごく遅い時もある。
家では、必要な事だけを済ませたら、あとは自室に行ってしまう。
塾には、大学が始まって落ち着くまでは休むと、連絡したらしい。
とにかく、一緒に暮らしてて、こんなに会わないでいられるんだと驚くくらい、仁は、徹底してたし。
オレも、顔を合わせないようにしてと頼まれたから。それを、守ってた。
何日かして、寛人から様子見の電話が来て。その時、起こった事を話したら。珍しく、長い事、何も言わなかった。
とりあえず、仁の気持ちが落ち着くまで待ちたいと、オレが言ったから、そういう事になった。たまに、大丈夫か、とメッセージが入ってくるけど。 まだ会ってない、と、応えるだけ。
亮也からはちょくちょく連絡が来てるけど、とりあえず、明後日、学校が始まれば、どうせ会うし。そこで話そうって事になってる。
時が経てば経つだけ、段々泣きたい感情も薄れてきた。一人で泣くなんて事も、無くなった。
朝、仁のコーヒーは変わらず淹れていて。
仁は飲まないけど。
――――……オレが淹れなくなったら。
オレからも、何かを断ち切るみたいで。
――――……何となく、できなくて。
毎日、淹れて、そのままカウンターに置いておいて。
夜までには、片づける。それだけ。
――――……仁、元気、なのかな。
明日、大学の入学式、だけど。
ちゃんと用意、してるのかな。
まあ……仁の事だから、そこらへんはちゃんとしてるんだろうけど。
朝からずっとそう思っていたら、母さんから電話がかかって来た。
自分が送り出してあげられないから、
送り出してあげてね、というお願いの電話だった。
仁が、入学式用のスーツや靴を買ったという話は、母がその電話の中で言ってたので、ほっと一安心。
送り出してあげて、か――――……。
……いってらっしゃいくらい。言おうかな。でもな。
――――……オレと、話したくない、かな……。
そんな風に思って過ごした、翌日。
入学式の朝。また朝早く、コーヒーは淹れて。そのまま、置いておいた。
部屋でコーヒーを飲んでると。
仁が、起きて、ドアが開く音。しばらく準備してるっぽい気配がしていて。
玄関の方に、向かう足音。
部屋を、出て行くか迷って――――……結局。玄関の鍵が閉まるまで。出られなかった。
仁が出て行って少しして、部屋を出て、玄関に立った。
――――…… 入学式に、行ってらっしゃいと、送り出してあげる事も、
できない、とか。
……一緒に暮らしてる意味なんて。
――――…… 無い気がする。……。
玄関に立ち尽くした後。
それから、少し、下がって、壁に背を預けた。
――――……もう、オレの事が、嫌になった、のかな……。
なるべく、考えないようにしていたのに。
そんな風な気持ちが、浮かぶ。
試してみるなんて言って、男に抱かれてた事を知って、
怒り任せで、あんな風に、オレに触れたけど。
実際、触れたら、――――…… 嫌だったのかも。
それで。男なんてありえないと、やっぱり、思って……。
そしたら……男に抱かれてたオレの事。
気持ち悪いと、思ったのかも。
好きどころじゃなくて。
兄とか弟としての気持ちすら、もう無くて。
――――…… もう、嫌悪しか、ないのかも。
だからこんなに――――…… 徹底して、避けたり、出来るのかも。
……あ、なんか。
どんどん、そう考えちゃうと、――――……キツイ、かも。
もう泣かなくなってたのに。涙、出なくなったと、思ってたのに。
――――…… 不意に浮かんできた涙に、息を吸い込んで、少し堪える。
けれど、結局溢れ落ちて。
――――……別に誰も見てないし、いいか。と、諦めた。
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