106 / 135
第106話「久しぶりの」
――――………出ようかな……この家。
塾のバイトは、何なら毎日入っても良いし、一日にもっと多い授業数入っても良いと、前から言われている。今、社員達がやってる授業にオレが入れば、他の事ができるから助かる、とのことらしい。 もっと多く入れば、一人で暮らす家なら家賃も払える。
仁が来た時、オレと仁が別に暮らしても良いって、父さんが言ってくれてたらしいし。最初だけ、少し助けてもらえば、すぐにでもどうにかなりそうだし。すごく安いとこなら、今のままでも、払えなくはないかも。
とりあえず、出る準備だけは、しておこう。
いつでも、仁が嫌なら、すぐ、出れるように。
……仁に嫌悪されてるのかと、思ってしまうと。
……ほんとに――――……痛すぎる、な……。
頬の涙を、手の甲で拭った瞬間、だった。
がちゃ、と鍵の開く音がするとほぼ同時に、玄関のドアが、急に開いた。
あまりに急だったので、驚いて、動けなかった。
急いで中に入ってきた仁も、そこにオレが居るとは当然思っていなかった訳で。入ってすぐ鍵をかけて、こちらを向いて靴を脱ごうとしたところでオレに気付いて、驚いて動きを止めた。
――――……あ、オレ、泣いてるし。
とっさに俯く。
落ち着け。玄関は、電気をつけなければ、暗いから。
たぶん、大丈夫。見えてない。
「……わ……すれ物……?」
「……あ――――うん…… スマホ……」
久しぶりに、仁の声、聞いた。
咄嗟に、答えてくれたみたい。
「充電のところ?」
歩き出しながら聞くと、仁の、うん、という声。
リビングに入ってから、涙を拭いて。
充電器から仁のスマホを外して、玄関に戻った。
「……はい」
そっと差し出したスマホを、仁が受け取る。
まだ目は赤いかもしれないから、顔はあげずに。
今は顔をあわせたくないって言われてるから。
俯いてても、変じゃないだろうと、思いながら。
「――――……いってらっしゃい、仁」
「――――……うん」
俯いた視線の先で、
仁が、スマホをぎゅ、と、握り締めたのが、分かる。
――――……会いたくなかった、かな。
……こんなとこに、居なきゃよかった。
今更後悔しても、遅いけど。
……仁が出てってすぐに、玄関に来てるとか……。
――――……何をしてたと、思うんだろう。
どう思われてるんだろ。
あ、でも――――……いってらっしゃい、て、言えて、
……それは、良かったかも。
……ていうか、何してんだろ、仁。
何で、出て行かないのかな。
早く――――…… 行って、くれないかな。
……なんかもう。
同じ空間に、居るのが、きつい。
ともだちにシェアしよう!