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第107話「熱い」  

「――――……彰……」  絞り出すみたいな、声。  仁の手が、オレの手首に触れて。ぐ、と握られた。 「――――……っ……?」 「……ごめん、彰」 「――――……」  仁から漏れた言葉に、一瞬で色々浮かぶ。  ……なにが、ごめん……?  何を謝っているのか、色々考えて、でもよく分からない。 「今、時間無くて、行かなきゃいけないから……――――……あとで話そう」 「――――……」 「……終わったら、すぐ帰ってくるから」  そう言って。手を離すと。  仁は、出て行った。 「――――……」  あの日以来。  初めて、顔、見た。 触れた。  声、聞いた。  スーツ。似合ってたなー……。  ――――……すごい、カッコいいし。  ……モテるだろうなー。ほんと。  こないだ父さんが話してた、仁のお父さんの話。  スーツ姿が、男でも見惚れる位カッコよくて、とか。言ってたなあ。  ……うん。なんか今、すごく納得した……。  なんて、ぼんやりと。  とりとめのなさすぎる事を、ぼーー、と考えながら。  仁に掴まれた手首を、何となく、自分で掴んだ。  仁に触れられてた場所が。  何だか、熱いような気がして。  そんな訳ないのに。でも、ここだけ、何でなのか、すごく、熱い。    ――――……なんかもう。  どうしたらいいか、分からない。  何が、ごめん、なんだろう。  ――――……仁が何を、謝る事があるんだろ。  立ち上がって、自分の部屋に戻ると、スマホを手に取った。 「――――……」  ごめん、いつも。どうしようもなくなると、話したくなる。  先に心の中で謝って置いて、そうしながら、発信ボタンを押した。 『……もしもし彰?』  いつも通りの声に、安心してしまう。 「寛人、おはよ……ごめんね、寝てた?」 『ん、はよ。平気。――――……朝からどーした?』 「……今日暇?」 『明日から学校だから、何となく今日は暇な日にしたけど……』 「……寛人んち行っていい?」  一瞬寛人が黙って。 『いーけど…… オレがそっち行こうか?』 「いい。オレ、ここから離れたい……」 『……は? ――――……ああ、もう、いいよ。こっち来い。あ、昼飯なんでも良いから買ってきて?』 「うん、買ってく。すぐ行って良い?」 『いーよ、待ってる』  待ってる、と言ってくれたので。  すぐに準備をして、家を出た。 ◇ ◇ ◇ ◇  寛人の家についてチャイムを鳴らした。  ドアが開いて、オレの顔を見た瞬間、寛人は眉を寄せた。 「……なんか、ちょっと痩せたか?」 「――――……んー……あんま食べてないから……そーかも」 「お前なー……」 「だって食欲あんまり無くて……」  寛人が、はあ、とため息。 「何買ってきた?」 「色々。お弁当とかおにぎりとかサンドイッチとか唐揚げとか、サラダと、春雨スープとか、なんか色々買った……残ったら夕飯に食べて?」 「いくら?」 「要らない。話し聞いてもらうから」 「……お前、後で昼、ちゃんと食うって約束しろ」 「……うん、食べる」 「あと、今日からちゃんと飯食え。約束しねえなら話聞かねえぞ」 「……うん。分かった、食べる」  心配されてるのが分かるので、素直に頷くと。  寛人は、ふ、と苦笑い。 「ん、よし。――――……座んな?」 「うん」  中に入って、テーブルに買ってきたものを置いて、椅子に腰かけた。 「……で? どーした? やっと仁と話したか?」  ううん、と首を振る。あれ?という顔の寛人。 「話したから来たんじゃねえの?」 「……朝、会っちゃって――――…… そしたら、何か…… ごめんって言われて。今日入学式だから……帰ったら、話そうって」  ふうん、と、寛人が首を傾げる。 「……話してから、ここに来れば?」 「……話す前に、寛人と話したくて」 「――――はいはい。どうぞ。何を話したい?」  寛人が、片肘をついて、顎に手を置いて。  じっとオレが話し出すのを待ってる。 「……オレさ」 「うん?」  話し出したけれど。  ――――……何を話していいのか、よく分からない。  もう何だか、仁と話すのが怖くて。  寛人の顔見たかっただけな気がしてきた。  仁と話す前に寛人と会って、なんか、落ち着きたかった。 「……オレってさ、今日、仁と、何、話すんだと思う……?」 「――――……」  寛人が目の前で、がく、と崩れた。 「お前――――…… あれ、オレの親友、いつからこんなにバカだっけ……?」  深い深いため息を、つかれてしまう。  うう。寛人、ごめん。  ――――……でもほんと、何話すのか分かんなくて。    どうしようもなく怖くなって。  あそこに居たくなくて、逃げてきちゃったから……。 『ごめん、彰』  そう言って、掴んできた、手の感触。  まだ、残ってる。  結構な日数離れて。少し薄れて来てた色んな感情が。  一瞬で、戻ってきて。  ――――……心ん中、全部、揺さぶられる。    もうほんとに。そういうの全部が ……怖い。

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