110 / 135

第110話「何を伝えたいか」

「――――……おかえり」  チャイムを鳴らすのもどうかと思われたので、自分で鍵を開けてドアを開いたら。  最大限にむすっとした仁に、玄関で迎えられた。   「……ここで待ってたの?」 「――――……片桐さんからもうすぐつくと思うって入ったから、待ってた。おっそい、彰」 「……」 「早く入って」  頷いて家に入り、自分の部屋に鞄を置いてから、洗面所に向かう。  はー。  ……すごいムスッとしてるし。  ――――……でもなんか。逸らす事なく、まっすぐに、見つめてくる。    ――――……あんなに、ずっと、避けてたのに。  顔も見れなかったのに。なんでか、すごく普通に話しかけてくる。 「彰」 「え?」  手を洗っていたら、仁が顔をのぞかせた。 「コーヒー、淹れて?」 「――――……」 「……淹れてくれる?」 「――――……うん」 「待ってるね」  そう言って、仁は戻って行った。  ずっと、飲まなかったのに。  ――――……淹れたら、飲んでくれるって、事だよね。  ――――…… なんか。  そんな事が、こんなに嬉しいとか。  ……ヤバいな。……オレ。  ちょっと――――……泣きそうかも。  泣くな泣くな、こんな事で。  ふー、と息をつく。  ……ていうか。オレ、ほんとにヤバいな。  仁の顔、普通に見れるだけで。  ――――……それだけで、もう、ちょっと泣きそうなんだけど。  ……こんなんで、話、ちゃんと出来るかな。  何とか、気持ちを落ち着かせてから、リビングに戻る。  とりあえず、コーヒーを淹れる事ができるのは嬉しい。  何にもする事ないと、仁の前に、いきなり座らなきゃいけないし。  なるべくゆっくり、コーヒーを淹れる。  座って、スマホを触ってた仁は、テーブルにそれを置いて立ち上がった。 「――――……」  隣に立たれて。  すごい、ドキドキする。  ……何なんだこれ。もう。 「――――……ごめんね、毎日淹れてくれてたのに、飲めなくて」 「――――……いいよ、別に」 「……なんか、彰のコーヒー飲んだら…… 顔見るの、我慢できなくなりそうでさ……」 「……っ」  何、言ってんだろ、仁……。  そんな事言いながら、こんな近くで、見つめんの、勘弁してほしい。 「――――……コーヒー持ってくから……座ってていいよ?」  手が震えそうで、そう言うと。 「――――……」  少し無言の後。  ん、と頷いて、仁が戻る。  ゆっくり、コーヒーを淹れて。  それでも……淹れ終わってしまって。  仁の前に、コーヒーを置いた。  向かい側に、座って。  ――――…… 緊張して、コーヒーを口にする。 「――――……彰、ほんとに痩せたかも」 「……少し食べるの減ってただけだから。大丈夫」  じっと、痛いくらいに、見つめてくる。  しばし、無言の後。 「こないだ、ほんとにごめん」 「……」  急に核心に触れられて、コーヒーを持っていた手が、咄嗟にびくと震えた。 「……もう絶対あんな事しないから、そんなビクビクしないで」  そう言われて見上げると、仁が苦笑いを浮かべていた。 「――――……完全に嫉妬。他の奴が触ったとこ、全部オレが触るって、思っちゃって……ごめん」 「――――……」 「……オレ、もう彰の事、諦めようと思ってたから……顔見るのも、辛かったからさ……ずっと避けてたのも、ごめん」  ――――……諦める、か。  ……そう、だよね。  ――――……うん。  思わず俯いた時。  寛人の言葉が浮かぶ。  仁がどう言うかは、関係なく、  オレが、何て言いたいか。  ……。  ――――…… オレは……。  ――――……仁に何を伝えたいんだろ。  仁がオレを諦めるって決めたなら、それはそれでもうしょうがないと、思うんだけど。  ……何も伝えないで、それを受け入れて、後悔しないか。  でも……諦めるって決めた仁を、惑わすような事言うのも……。  何が仁にとって良いのか、わからない。  コーヒーのマグカップを、ぎゅ、と握る。

ともだちにシェアしよう!