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第111話「仁の告白」

 どうしよう。何を言おう。むしろ、何も言うべきではないのか。  どうしたら。  その時。仁が、急に、言った。 「……彰、オレの事、好き?」  あまりにまっすぐ、聞かれて。  何も答えられなくて。  じっと、見つめ返す。 「……高校ん時も。今も……オレの事、好き?」  そんなの、なんて答えれば……。  視線を逸らして、俯いて、マグカップをぼんやりと目に映す。  仁は、ふー、と息をついた。 「……そこでさ。……嫌いだって、言わないからさ。オレが、期待しちゃうんだよ」 「……」 「高校ん時も……嫌いな奴に、普通はあんなにキスさせないだろ?」 「……」 「……ここで一緒に暮らし始めても。……オレを好きって思ってるような顔、普通にするしさ」 「……」 「……だからオレが……期待しちゃうんじゃん……」  ずき、と胸が痛い。 「……もっと……嫌な顔してくれたら、諦められるかも、しれないのにさ」  ああ。なんか。……オレがバカなんだけど。  ……なんかオレ。  ずっとひどい事、してる気がする。  好きって返せないくせに。  ……嫌いとも言わずに。  ……好きだってバレるような顔だけ見せてたんだとしたら……。  ………………ほんと、オレがバカで。ごめん。  黙ってると、仁が息をついた。 「彰。オレ、全部話すから、黙って聞いてて。良い?」 「……ん」  頷くと。仁は、どこから話そうかな、と呟いた。  こないだ、あんなに怖い顔して。あんなに怒って。……あんなに必死な顔で、触れてきた時とは、別人みたい。……顔、穏やか。  ほんと。こうしてると。  ……良い男に、なってるな……。  ……なんて、思っていると。  仁が、ああ、もう最初からでいいや。と、肩を竦めた。 「……まずこれは言っとかないと。……オレ、こっちに来た時、彰に嘘ついた。高校ん時のは思い込みと勘違いで、好きなんかじゃなかったって。そこだけ、大嘘だから。まあ……もうバレてるとは思うけど。ごめんね。そこは、もう忘れて?」 「……」  一応、小さく頷いたら、仁がまた続ける。 「……高校ん時。……無理矢理キスして迫ったのは、悪かったと思ってる。でも、オレ、キスを拒否られなかったから……彰も、オレの事を好きなんだと思ってて。最後に拒否られたのは、男同士で、兄弟で……家の中であんなの、彰は耐えられなかったんだと思って……家出てったのも、絶対オレのせいだと思ってた」  そこは、仁のせいじゃなくて……オレがただ、逃げただけ……なんだけど。  キスを拒否できない理由を、考えたら……。  ……出しちゃいけない結論になってしまいそうで、怖くて。 逃げただけ、なんだけど。  そう思うけど。黙って聞いててと言われたのを思い出して、口を噤んでいると。  少し考えてから、仁が続ける。 「……だから、オレ、もうこれ以上苦しめちゃだめだと思って、最初は本当に諦めようとした。 自分にできる事は全部、没頭して頑張った。彰に連絡とるのは、オレが完全に忘れられた時にしようって思ってた」  連絡、取ろうと思ってくれてたんだ、という、それだけで嬉しいかも……。  ……オレは……連絡なんて一生できないんじゃないかと、思ってたから。 「彰は出て行っちゃったし、完全に離れれば、その内忘れられると思っててさ。女の子にはモテたから……色んなタイプの女の子と付き合って、好きになるように努力もしたし……って、ここまでが、オレの高校生まで。……なんか、聞きたい事ある?」  急に聞かれて。少し考えて、首を振る。 「そんでさ。大学をどこにしようって決める時に、頑張れば彰の大学にも入れるって成績だった訳。……で、結局、女の子にも夢中にもなれなかったし…彰に会いたくてしょうがなくなって。もう一回全部どうするか考えてさ」 「……」 「彰の大学ならオレがなりたいものになるのにも都合良いし。もし、彰に受け入れられなくても、そっちで頑張ればいいし。……だからとりあえず、もう一度だけ、彰の側で頑張ってみる事にした。ここまで、全部納得いく?」 「……うん……」 「……オレすごい頑張ったんだからね。 勉強もさ。剣道も、生徒会長も。……女の子だけ全然長続きしないから、よく友達に、そこイジられてたけど……」  はー、とため息。 「しょーがないじゃんね。オレ、ずっと、結局彰の事、考えてたし」  ……オレの事なんかもう忘れて、楽しく過ごしてる。   それでいいと思ったし、そうであってほしいと思ったのに。  どうして今、こんな風に言われると。  ……オレがずっと、仁の事。 忘れられずにいたその間。  ……同じように、考えてくれてたんだって思うと。  ……こんなに、胸が、ざわめくのか。  ……でも。 オレは諦めて逃げて。  仁を、思い出したくなくて、他の人たちと、付き合ってた。  ……すごく胸が痛い。   

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