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第112話「あき兄」
「それでこっちに、来たんだけど……でも彰はオレから逃げてったままだから、どう思ってるかも分かんないし、怖がってる可能性とかもあるし、もしかしたら気持ち悪いって思ってる可能性だってなくはないし」
「……気持ち悪い、なんて……」
思わず口にした言葉に、仁は、オレに視線を向けて。
ふ、と苦笑い。
「分かんないじゃん? ずっと話してもなかったし。だから、再会してすぐ好きだなんて言える訳ないから……最初は、二年前の事を勘違いだったって言ったんだよ。彰から好きになってもらえない限り、オレ達はうまくいくことは絶対ないと思ったし」
「――――……」
「……彰の方から好きって言ってもらえない限りはもう諦めようって、オレからは言わないって、本気で思ってこっちに来たのに……やっぱり会ってたら、彰の事が好きでさ。決意とか吹っ飛んで、好きって言いたくて。まあなんか、決意とはどんどん崩れてったけど……」
「……」
「……だけど、そもそもさ、オレの好きが、勘違いだって思ってたら、彰もセーブするだろうし、そしたら、完全には好きになってもらえないって思ってさ。 片桐さんにもそこらへんは言われたし」
「……」
……寛人ってば、仁とどこまで話してるんだろ……。
知らないところで、どこまで世話してもらってるんだか……。
ため息をついてしまいそうになったけれど、そこは堪える。
「――――……で、もうここまでのところを全部ばらして、好きって言おうと思ったら。彰、あいつと寝た事は後悔してないとか言ってるし。……そっからキれて。……完全に嫉妬だから、あれは言い訳しようもないけど」
「……」
「……オレは、全然自分をセーブできなかったし。彰が泣いてんのにやめる事もできなかったし。もう自己嫌悪が激しすぎて、やっぱり諦めて、彰とは兄弟に戻ろうって思った……んだけど……顔みたら揺らぎそうで、いつまでも顔見れないし。もう家を出ようかと思ってた位なのに……朝、彰の顔見たら、頑張って我慢してた何日間が吹っ飛んで……」
なんとなくは――――……そうかなと思ってた事もありながらの。
でも初めて聞く事も色々あって。
仁が、とにかくずっとずっと長い間。オレの事も含めて、色んな事をちゃんと考えてくれてた事は、よく分かった。
「……これが、オレの気持ち、全部、かな……」
その言葉で、仁を見上げる。
まっすぐ視線が絡むと、なんだか居た堪れなくて、思わずまた視線を外した瞬間。
「――――……あき兄」
「え」
咄嗟に、また仁を見つめると。
仁はまっすぐにオレを見つめて、ふ、と笑った。
「……随分長い事、あき兄って呼んでないよね」
「――――……」
「……彰が、あき兄に戻りたいなら……オレ、ほんとに、諦めるよ」
「――――……」
何だかもう……何も、口にできない。
「……もうね、オレがそういう意味で好きって気づいたの中学なんだよね。……その前からずっと好きだったけど……もう絶対に、そういう意味なんだって、思ったのは、あき兄の中学の卒業式だったから……途中諦めようともしてたけどさ。もう結構ほんとに長い訳……」
「――――……」
返事をできないでいると。
仁が、ふ、と声のトーンを落とした。
「あき兄って呼ばれてさ……今、嬉しい?」
「……」
何も言えないのは。
――――……あき兄って、響きが。
懐かしすぎて。 ――――……痛すぎるから。
「……正直、このまま彰を好きでいるのは、もう辛い」
ずっと握ってた、マグカップから手を離して。
冷たくなって震えそうな手を、ぎゅと握り締めた。
「オレに、あき兄って呼んでほしい? ……諦めてほしい?」
「――――……」
「……誰か……他の女の子と、幸せになってって、 そう思う?」
あき兄って、呼ばれて。
そんな風に聞かれて。
視線を合わせられないまま、考える。
……ここで頷けば。
仁は多分、言った通り。
オレを、あき兄って呼んで。
他の誰かと、幸せになる。
――――……望んでた事なのに。 何で、即答、出来ないんだろ。
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