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第115話「5分間」2/2
言えば、いい。
兄弟に戻るって。
ほんの、短い言葉を言えば。
ずっと迷って悩んできたこと、悩む必要も、なくなる。
何年か後に、笑って、兄弟として、話せてる、かもしれない。
「―――……言わないなら、キスして、オレのものにするから」
「……っ……」
「……あと、三十秒だよ」
「――――……」
――――……言わないとダメだって、思うのに。
「彰。オレと離れること、完全に諦めてもらうよ。いいの?」
「……っ……」
頬に、仁が、触れる。
そのまま、する、と首の後ろに手が滑った。
立ち上がってオレを見下ろしてくる仁を、見上げる。
「……あと十秒」
時計に視線を向けて。それから、またオレをまっすぐ見つめ直す。
「――――……っ……兄弟……」
オレの口から、その言葉が漏れて。
うなじに置かれた仁の手がわずかに震えたけれど。そのまま数秒。
仁は、至近距離で、じっと見つめてくる。
「時間切れだけど……言いたい事あるなら、のばすよ……どうする? 兄弟、の続きは何?」
……のばしてくれるんだ。 ほんと……何でこんなに優しいんだ……。
こんな。――――……逃げてばっかの、オレに。
「……仁……ごめん」
「――――……うん……?」
「……ごめん……でも……オレ」
……この答えを言うのが、ものすごく怖いけど。
ほんとにこれで、いいのか、まだ全然分からないけれど。
「……兄弟――――……なんか……戻りたくない」
言ってしまった瞬間、堰を切ったように、涙が溢れ落ちた。
「――――……え……? ……は ? なに?」
仁は、そんな声を出して。
少しの間、泣いてるオレの肩に触れたまま。
真正面から、呆然と、見つめてきていたけれど。
「……今、なに? 兄弟に戻りたくないって言ったの?」
「――――……っうん。 ごめん……」
「はあー?? ――――……ごめんって言うから、逆の意味かと覚悟したのに……」
「……っ……だって……それがいいとは、思えない……から……」
ぼろぼろ、もう、完全に涙腺がおかしくなったみたいに、涙が止まらなくて。
呆れたように彰を見ていた仁は、ちょっと待っててと言って消えて、すぐタオルを持って戻ってきた。
「とりあえず号泣すんの、とめてくれる……?」
「……ん……っ……」
ぐしぐしと、顔を拭かれ、タオルを渡されて、それからティッシュも何枚も渡される。
「はい、鼻かんで」
「……ん」
でもまだ止まらない、拭いても意味がない位。
「つーかさ……なんで、先にごめんっていうんだよ……」
「……って、オレと付き合うのが……仁にとっていいとは、思えない、から……」
「――――……ほんと、変な思考、こじらせてンな……。あそこで、ごめんとか出ちゃうところが、もう、意味わかんない」
「――――……っ」
なんて言われたって、ごめんって出るよ。
……良いとは思えない。なのに。
兄弟に戻る、離れたいって、どうしても、口にできなかった。
――――……絶対、言いたくなかった。
だからもう、ごめんしか、出てこなかった。
「――――……諦めた? ……オレと離れるの」
顔をタオルで隠してると、頭に仁の手が乗って。
よしよし、と続けて撫でられた。
躊躇うけれど。
――――……もうオレ。
離れたいって、言えなかった。
こんなにこんなに、長い間考えてきたのに。
結局、五分で、結論を出した。
――――……ばかみたい。
――――……でも。
兄弟に戻りたいって。
仁と離れたいって。
言えなかったというその事実が、すべてな気が、する。
まだ全然色んなこと、割り切れてないけど。
「――――……うん」
頷くしかなかった。
仁と。……しばらく、生きていってみることに、する。
「……だけど……仁がオレと居たくなくなったら……すぐ言ってね」
タオルに隠れたまま、そう言ったら。
「はー??? もうほんっと、彰、頭おかしい」
タオルを少し下げられて、目を合わされる。
「つーか、もう瞳ぇ、真っ赤だし。なにまだ泣いてんの。泣き止んでよ……」
「……」
「つか、やっとこれから、一緒に居ようねって思うとこで、何で居たくなくなった話とか、されンの、オレ。……どーしよ、彰、すっげー、めんどい……」
「……めんど」
「面倒だったらやめるとか言ったら、そろそろ本気で怒るけど」
ぐ、と、口ごもる。
タオルで目を拭いて、鼻をティッシュでかんで、ふ、と息をついた。
「……彰って……ほんと、たまに年上と思えない……」
目の前で、呆れたような顔してる仁が、少し、笑った。
「……まあ……優しすぎて考えすぎて、めんどいってのは、分かってたんだけどさー……。でも、ここまでとは思わなかったけど……ま、いっか。オレと離れるのは、諦めたんだよね?」
「――――……ん……」
「……つーか、早く泣き止んでよ。オレ、キスしたいんだけど」
「……」
「つか、何でまた泣く――――……あー、もういいや」
仁は、オレの頬から耳の後ろに手をかけて、ぐい、と引いて。
「……」
唇を、重ねてきた。
至近距離の、仁をただ見つめていたら。
――――……涙がまた溢れた。
「……ごめん、仁……」
「……つか、今度謝ったら、ほんと怒るよ……」
そんな風に言いながらも、声は優しくて。
「とりあえず今は――――……兄弟に戻る、離れるってのを諦めてくれただけでいいよ。今はね。とりあえずだからね」
「……」
すりすりと、頬を撫でる、仁の手。
「オレと居たいっていう言葉は、いつか言わせるから」
めちゃくちゃカッコ良い弟は。
久しぶりに見た気がする、鮮やかな、笑顔で。
――――……そんな風に、言い切ると。
深く、唇を、重ねてきた。
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