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第125話「可愛いんだけど」
風呂から出たら、リビングで椅子に座らされて、仁がドライヤーをかけてくれた。
「触りたかったんだよね……彰の髪」
「――――……」
しみじみ言ってる仁に、オレは何となく黙ったまま目を閉じていた。
しばらくそのまま、乾くまで黙っていると、ドライヤーが止まった。
「ん。オッケイ」
「じゃオレもやる。貸して。仁、座って」
「……ん」
オレがそのドライヤーを受け取ると、仁は嬉しそうに笑って椅子に座った。
ていうか……なんか。
そんな風に嬉しそうに笑われると。
……可愛くて、たまらなくなっちゃうんだけど。
だめだ、なんか、仁の事を可愛いとか、思っちゃうと。
胸が、ドキドキしてくる。
可愛かった頃、思い出しちゃったりすると、キュン、とするし。
そういえば子供の頃からほんとにずっと可愛いって思ってたっけ。
オレにとって、「胸キュン」っていう言葉は、正直、ちっちゃい頃の仁の為にある言葉だった気がする。
親が再婚してから、仁はいつもオレの後をくっついてきた。大きな瞳がオレを見て笑うと、本当に可愛くて。その度に子供ながらに、この子はオレが守ってあげないとって、いつも思い込んでた。
だから、ずっと一緒に遊んだし、ずっと勉強も教えてたし。あれこれ世話を焼いてたっけ……。背を抜かれた頃にはもう「胸キュン」なんて単語は当てはまらなくなってたし。あの告白以来は、特にそんな精神状態じゃなかったし。
ここに来て。まさか、またこんなにキュンとさせられるなんて。
なんで、ドライヤーお返しにする、てなった位で。
そんなに嬉しそうに笑っちゃうかなあ……。
さっきまであんな大人っぽい顔して、散々色んな事してきてたくせに。
もうなんか、ときめいてしまった事がちょっと悔しいというか、恥ずかしいというか。心の中で、何とか自分のまともな精神を取り戻そうとしていると。
「彰は何でそんな難しい顔してンの?」
振り返ってオレを見つめた仁が、面白そうに笑っている。
「……難しい顔なんかしてないよ」
「してるけど」
クスクス笑いながら、仁がそう言う。
そのままオレは何も答えず、ドライヤーをかけ終えた。
「はい、終わり」
「ありがと」
コンセントを抜いて、くるくる丸め終えたところで、仁に手首を掴まれて。引き寄せられた。座ったままの仁に、倒れ込むような感じで。
「じん?……ん……」
ドライヤーをとられて、それを脇に置いた仁の手がオレの首にかかって、そのまま、下からキスされる。
「彰――……」
唇を離して、クスッと笑った仁が下から見上げてくる。
「大好き」
嬉しそうに、笑われると。
――――……っ。
何なの。
……ほんとにめちゃくちゃ、可愛いんだけど。
ダメだ。これ、可愛いとか言っちゃったら、ますます調子に乗せてしまう。
これ以上、仁に好きにされたら、もう。何も太刀打ちできなくなりそうだし。
「……ドライヤー、片付けてくるよ」
「ん、ありがと」
とりあえず仁の今のには、何も反応しないことにして、ドライヤーを洗面台の所に片づけに行く。ついでに歯磨き粉を付けて、歯を磨く。
……オレ、頭おかしいかな。
自分よりでっかくて、たくましい、弟、可愛いって、何だ。
……てかさ。大分セーブしてきたんだよね、オレ。
好きだと思うことも。仁のこと、可愛いって思うことも。
なんかもう、色んなこと、さっき抱かれてる間に吹っ切ってしまったら。
……心を覆ってた重い何かが消えたみたいで。
仁を見ると、素直に、めちゃくちゃ可愛い、なんて、感じてしまう。
どうしよう。 もう、咄嗟に可愛いって、言っちゃいそう。
落ち着け。……可愛くは、ないよね。仁。
ていうか、カッコいい方だと思うし。
可愛い、なんて、何言ってんだって感じだよね……。
「オレも歯磨く」
急に後ろから声がして仁が現れた。
オレの隣で歯磨き粉をつけて、並んで磨き始める。
「――――……」
何で、こんなに急に、ドキドキ、するんだろ。
……ヤバくないか、オレ。
なんかほんと今まで、何も感じないように頑張ってたんだな、オレ……。
……無駄な抵抗だった気がするけど。
「――――……」
すごく見られてる気がして、ふ、と仁を見上げると。
仁が、にこと笑って、まっすぐに見つめてくる。
「――――……」
見つめあうのに耐えられなくて、歯磨きを終わらせて、蛇口をひねった。
だから……もう。
……ほんと、可愛いんだけど。
あんま、ニコニコしすぎないでほしい。
――――……誰か、仁のニコニコを、どうにかして。
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