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第2話

 古王国シュルロスの王城、謁見の間に集う者達の、ひそひそと囁き合う声が、耳障りでアルディーンは眉をひそめた。  衛士の誘導に従い広間の中央を避け、三方の壁を背にする形で十重二十重(とえはたえ)の列になり並び立つ人々は、これから始まるへの期待に口を開かずにはいられないようだ。 「どこから話を聞きつけたのだろうか」  隣から聞こえる声に答えを返したいが、思い当たる節が多すぎて断定が出来なかった。  だからアルディーンは、普段から言い続けている言葉を伝えるしかなかった。 「兄上は王として、玉座(そこ)におられればいいのです。何があっても、臣下である私が如何様にも取り計らいます。」  当初の計画であれば、この場にいるのは限られた者のみで、成功の是非関係なく行われる儀式そのものが無かった事になるはずであった。  しかし、魔方陣を描き終えた魔術師が数日ぶりに広間に掛けた結界を解いた途端、貴族達が集まり出したのだから、計画当初から話は筒抜けだったのだろう。 「皆への周知が遅くなったにも関わらず、王の意向に賛同し駆けつけて頂いた事、王に代わって感謝する。」  呼びもせぬのに、しゃしゃり出てくる暇人共め、来てしまったなら仕方ないが、口も目も閉じ路傍の草と化していろ!と、心の中で悪態をつきながら、アルディーンは場の掌握に努めた。  あたかも最初から、この場を設けるつもりであったかのように・・・ 「始めてもよろしいでしょうか?」  灰色のフードを目深に被り、その身をマントに隠した魔術師が、嗄れ声でアルディーンに指示を仰いだ。  儀式前に顔を合わせた際は、呟くような話し方ではあったが、聞き取りづらい程では無かったし、その体も一回り小さくなったように感じる。  元々宮廷魔術師では無い彼と、アルディーンが顔を合わせるのは、今日でようやく3度目であったから、実際にそうとは断定は出来なかったし、今はこの事態を乗り切る方が大事だった。  そもそも宮廷魔術師でもない男が、王城で儀式を行うなどあってはならなかった。例え仲介してきたのが先王の時代からの忠臣であろうと、自分がその場にいれば兄に近付く事を許す訳がなかった。  にも関わらず、この状況になってしまったのは、アルディーンが地方視察で王城を留守にする時期を狙われたからである。  もちろん得体の知れない魔術師の、胡散臭い話を信じ込むような兄ではないから、それが実際に必要な事なのか、王宮魔術師にも詳細を確認し精査・検討するとその場での回答を避けた。  しかし忠臣を自称する古参貴族(ジジィ)達も、煩い王弟が戻る前に言質を取って置かなければと、自分の意見を通そうと詰め寄ったり泣き落としたり、あの手この手で王の首を縦に振らせようとする。  仕舞いには「幼い頃の王は素直で可愛らしかったのに、今では我々を煙たがる」「先王は聞く耳を持った良き統治者であった」「あの頃が懐かしい、今の若者は年寄りを馬鹿にしておる」等と、愚痴を言い合う場に成り果てていたと、侍従長に報告を受けた時には苦笑するしかなかった。  躱しきれなかった「すまん」と頭を下げた兄の心労を思えば、元凶の魔術師が疲労困憊でぶっ倒れようが構うまいと、アルディーンは儀式を開始するよう命じた。  自身の描いた魔方陣の脇に、膝を付いた魔術師がブツブツと呟き始める。  恐らく呪文を詠唱しているのであろうが、それがであるとは思えないアルディーンは玉座の後ろに控えた。  どんな茶番が始まろうと、兄上は私が守ると改めて決意し、を逃がさぬよう待ち構えるのであった。

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