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第5話

「聖女様、起き上がれますか、どこか痛む所がありますか?」  差し出された手を掴む事なく、身動ぎしない僕に、王子様(仮)が再度声を掛けてくれる。  聖女呼びは気になるものの、それよりもまず確認しなければならない事があるよね? 「不躾な質問とは思いますが、あなた様は地底人なのでしょうか?」 「チテ、イ・・・人?」  これまで笑顔だった王子様(仮)の表情が陰る。 「あっ、違いましたか、申し訳ありません。」  地上から長い時間を掛けて落下したのだ、ここは地の底だと思うし、そこで出会った人々であれば地底人に違いないと考えたのだが・・・・・違ったらしい。 「いえ、何の事かよくわからないのですが」 「ですよね、失礼しました。とすると、僕は死んだんですね。」  マンホールに落ちて死ぬなんて、己の事ながらマヌケな死因だ。ニュースで僕の訃報を知った同僚達の気まずそうな顔が思い浮かぶ。  死んでしまったけれど、痛い思いも苦しい思いもせずに済んだし、どうやら地獄行きにもならずに済んだのだろう。僕個人の人生の終わりであれば、上々なのかもしれない。 「モデブの僕などを、天使様がお迎えに来てくれるなんて、お手数掛けてしまい恐縮です。」  先程は王子様と思った容姿が、古今東西語り継がれる天使の容貌に重なる。  顔の造作よりも、日本人には持ち得ない色味が、別次元の美しさである。  透明感のある白い肌に、凹凸のある目鼻立ち。上向きで長い睫毛も左の肩口で結わえられた髪の毛も淡い光を帯びた金色だ。  僕の拙い表現だと単に東洋人から見た西洋人への憧れ混じりの描写にしかならないが、本物の天使の美しさは言葉にする事自体が陳腐なんだと実感した。  地下だから日は差さないはずなのに、眩しすぎて天使様の顔を直視する事が出来ない。 「(美しすぎて)逆に目が痛い・・・・・・」  ついつい、心の声が漏れてしまったのは、もう悪い事は起こらないと気が緩んだからだろう。 「目が痛む、それは大変だ。すぐに侍医を呼べ、いや此処ではマズいか。私が聖女様をお連れするから、すぐに診られるよう準備を整えておくよう伝えろ」  僕の呟きを聞いた天使様がテキパキと指示を出し始める。 「フレド、お集まりの諸侯にお引き取り頂くよう案内しろ。もちろん、丁重にな」 「丁重に、ですか?」 「ああ、丁重にようにな」  天使様とフレドさん?とのやり取りを聞いて、この場に大勢の人が集まっている事を思い出した。見知らぬ人達の前で、いい大人がひっくり返ったままなんて、恥ずかしすぎる。  しかし、先程から起き上がろうとしているのだけれど、死んでいるせいか体を思うように動かす事が出来ない。  体が痛いとか重いとかではなく、フワフワした綿とか水に全身を包まれていて、力の掛けどころがないといった感じなのだ。 「かしこまりました。仰せの通りに」 「頼んだぞ。では聖女様、失礼します!」  話が済んだのか、動けずにジタバタしている僕に、天使様が覆いかぶさるように近付いた。 「えっ、ちょっと、いくら天使様でも、それは無理ですって~」  思いもしなかった行為に、ただただ僕は驚くしかなかった。

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