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第2話
「俺とセフレになってくれ。」
彼が一人暮らしをしている家に行き、扉が開けられた瞬間に日高はそう発した。
その言葉にいつも笑顔の櫂は表情を固まらせる。
「は?ちょっと意味が…。とりあえず入れ。」
櫂に促され、日高は部屋の中へ入る。
握った手に汗が滲んでいて、緊張していることを日高は自覚する。
「それで、なんだっけ。よく聞こえなかったんだけど。」
部屋に着くなり日高はソファに誘導される。肝心の櫂は混乱した頭を抱えながら日高に視線を配った。
「セフレになって欲しい。」
「もしかして俺の知らない言葉の可能性…」
「セックスフレンドの略語だ。」
「ああ、そうか。知ってる言葉だったようだ。」
さらに深く頭を抱える櫂。悩ませていることに罪悪感を覚えるも時間がない日高はひくわけにいかなかった。
「櫂が千隼を好きなこと知ってる。」
「は?」
櫂の目が鋭くなる。
日高は今まで櫂の想いに対し触れたことはなかった。
「中学生から好きだったの気づいてた。」
「…。千隼は」
「知らない。この先も言う気はない。」
それだけは断言する、と日高は櫂に伝える。決して櫂の想いを千隼に話したりはしない。日高が櫂への想いをずっと大切にしてきたように。櫂にとっても千隼への想いが大切なものだとわかっているからだ。
「櫂が千隼に似ているやつを選んで付き合っていたことも知ってる。」
「そんなことまで知ってんのかよ…」
「うん。そして今までの奴より俺の方が千隼に似ていると思う。」
「いや、そうだけど。…なんで俺なんだよ。」
好きだから。
と日高言いかけた。だけど止めた。
もしそれを言ってしまったら櫂は同情し、関係を解消する時も罪悪感を持つかもしれない。それは日高の本意ではなかった。
「俺も恋愛対象が男性なんだが、そう簡単に男性のセックス相手を見つけるのは難しいだろう?ネットは危険でやりたくない。だけど櫂なら安全だし、好きな奴もいるから後腐れもなさそうだ。」
淡々に、より最低に映るように。その2点を心掛けて日高は言葉を発した。今までの自分なら絶対吐かないであろう言葉をひとつひとつ選んでいく。
「いや、だけど流石にまずいだろ。」
「俺のこと千隼って呼んでくれていい。俺が欲しいのは性行為だけ。」
「…そんなのお前が辛いだろ。いくらお互い愛情がなくても他者の名前を呼ばれてヤるなんて気分がいいもんじゃねえよ。」
そう真摯な瞳でいう櫂に、日高は少し泣きそうになった。
だからこの人がいつまでも好きなんだと思った。
「いや、むしろそのほうがいい。そうしてくれ。」
そうじゃないと忘れてしまうだろう。自分の名前なんて呼ばれたら絶対思ってしまう。
自分への気持ちが少しはあるのではないのかと。
「え?」
戸惑う櫂の側により、日高はキスをする。初めてのキスがこんな強引なものになる予想はしていなかったが、好きな人と出来て日高はなにより幸せだった。
「櫂、好きだよ。」
日高は笑った。
より千隼になるように、兄に近い顔で。そうして想い人に初めての愛を吐いた。
それをみた櫂はなにかを受け止めたかのように日高にキスを返す。
「俺も好きだ、千隼。」
その言葉が日高の胸に、一滴の絵の具のように染み込む。じわりと広がって悲しみの中に安堵さえ感じた。
「抱いてよ、櫂。」
日高は櫂の背中に腕を回す。そうして青いソファの海に櫂と共に沈む。
櫂の匂いに酔いながら快楽に身を任せた。
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