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第12話
「乾いてない…」
日高は昨日濡れた服を触り絶望する。あの後夜更けまで行為に耽ってしまい、そのまま寝てしまった。もちろん服は乾いているわけもなく、脱水も乾燥もかけてない服は生乾きでもない。見事に水が滴っていた。
(流石にこれでは帰れない。)
決して朝に顔を合わせないことを決めていたのに、そんなことでさえ守れない自分に日高は嫌気がさす。
それでも朝日に照らされた櫂の顔をみると頑丈な表情筋も緩んだ気がして日高は自分の頬を抑えた。
余すことなく櫂の顔を見る。
昔から櫂はかっこよく、女子にも男子人気があったことを思い出す。その顔が今目の前で無防備に横たわっていてなんとも言えない幸福感が日高の心臓を貫いた。
「キス、してくんないの?」
その言葉と共に櫂の切長の目が日高を映した。自分が櫂の目に映っていることに気を取られて言葉に気付くのか遅くなる。そして気づいた時には櫂の顔が日高の目の前へと近寄っていた。
「起きて…っん。」
日高が言葉を言い終わる前に櫂は日高へと口付けをする。そして遅い、と櫂は不貞腐れるように言った。
「普通そんだけ顔見てたらするだろ。」
「…日高の顔があまりにかっこよくて全然そんな思考にならなかった。」
キスの余韻から少しぼーっとした日高が口を開く。その言葉の破壊力と表情に次は櫂が動揺する番となった。
「もう一回。」
そう言って日高の答えをまた聞くこともなく、触れた2回目のキスはさっきよりも深く交わされていた。
「いや、いい。服を貸してくれるだけでいいから。」
「だめだ。俺の気が済まないから。」
お腹が空いた、と言った櫂の要望に応えて日高はオムライスを作る。それを待ちながら櫂はこの後服を買いに行こうと提案した。
「たかが濡れただけだ。乾かせば着れる。」
「いや、ご飯作ってくれてるお礼もしたいからこれだけは譲らない。」
「でも、いや、今日はちょっと…」
日高は買うほどではないと思っており、何度か断りを入れるが櫂は決して引かなかった。
しかしこれも日高が避けたいことの一つ。
櫂から何か贈り物を貰いたくなかった。
櫂から贈り物を貰ってしまえば日高はそれが宝物になってしまうことがわかっていた。それは死にゆく自分にとって未練という荷物になってしまう。それが怖かった。
「でも…」
「予定があって今日が嫌とかなら別の日でいい。でもこの格好は誘っているとしか思えないから、予定時刻までお付き合いしてもらうけど。」
「そ、れは櫂がズボンをくれないからだろう!」
珍しく大きな声が出た日高は櫂の大きいパーカーを着ていた。しかも櫂の要望でズボンは履いてない状態である。いわゆる彼シャツならぬ彼パーカーの状態に日高は赤面し、櫂は満足していた。
「今日はもう体力の限界だから勘弁してくれ…」
「ふーん。じゃあ買い物。」
「…わかった。」
そうして無事2人のデートが決定したのだった。
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