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第14話

「ただいま。」 日高は久しぶりに実家に帰省していた。 母の田舎から野菜が大量に届き、それを持っていくよう呼びつけられたからだった。 「あ、おかえりなさい!ひーくん髪伸びたわね〜!可愛い顔が隠れちゃうからそろそろ髪切った方がいいわよぉ〜!」 テンション高く日高を出迎えるのはもちろん日高達の母親である。このテンションは決して久しぶりに息子が帰省したから高くなったというわけではなく普段から母のテンションは高め水準である。 あまりのテンションの違いに日高とはあまり親子と認識されないことがしばしば起こる。 「ああ。そろそろ美容室に行くことにするよ。」 「それがいいわぁ!そういえばそろそろちーくんも帰ってくるみたいだし、家族みんなでご飯食べに行きましょう!」 「え、」 日高のリュックを下ろす手が止まる。 "千隼が帰ってくる。" その一言が日高の頭の中をくるくると駆け回る。そんな中母が絵葉書を日高に手渡した。 小さいから好奇心が旺盛で退屈というものを頗る嫌う、生まれながらの冒険家気質な千隼は高校を卒業してからずっと海外を周り、バックパッカーをやっている。 連絡もあまりこない千隼からたまに送られてくる絵葉書で家族は彼の居場所を知る。 今はブラジルにいるらしく、絵葉書には今度帰るよ、とだけ書かれていた。 そこには現地の人に囲まれて楽しそうに笑う千隼が映っている。 「兄さん…千隼は変わらないな。」 そう日高は笑う。 千隼の周りにはいつだって人が溢れている。千隼がそこにいて、笑うだけで人々は千隼を好きになる。 正直自分と違いすぎて劣等感を感じることは日高にもある。だけれど日高にとって千隼は太陽であり、憧れであり、大好きな兄であった。それは日高が櫂を好きになり、櫂が千隼を好きだと気付いても変わらない感情だった。 それは今も変わらない。 「兄さんって呼んだら怒られちゃうもんね。」 「千隼はカテゴライズされるのが何より嫌うから」 「ちーちゃんは縛られるの嫌いだからねぇ。だからちーちゃんにとって日本は合わないのよね、きっと。」 母はおほほ、と笑って台所へと下がっていった。 楽しそうに笑う母は、やはり千隼が帰ってくることがとても楽しみなのだろうと日高は思う。 日高も楽しみだ。死ぬ前に会いたいと思っていた。千隼のことは今も大好きだからだ。 変わらない。 変わらないのに。 (今だけは、あともう少しだけは帰ってきてほしくないと思ってしまう。) 千隼が帰ってくれば、きっと櫂の目には千隼しか映し出されないのだろう。あの眩しいほどに輝く笑顔に触れたいと焦がれるのだろう。 大陽は全てのものを光で包んでしまう。 星にも月にもなれない、夜の一欠片でしかない自分は一瞬で消えてしまうのだろう、そう日高は思っていた。 だからあと少しだけでいいから櫂の中にいたいと願ってしまう。それがあまりに罪深い気がして日高は胸を抑えた。

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