◇ 　彼との出逢いは今から半年以上前、彼が僕の勤める美容院に客として来店したのが最初だった。 　美容師という職業柄、客と話す機会は多いのだが、僕はどちらかというと口下手で、あまり会話は得意じゃない。 　だから彼と接するのは楽だった。 　彼もまた、その顔が物語るように寡黙な人間で、僕たちの間に必要以上の会話は一切なかった。 　それが心地良かったのか、彼はその日から度々来店するようになり、気づけばこの店の常連で僕が彼の担当になっていた。 　彼の仕事は知らないが、外見に気を配る職業なのかもしれない。彼は顔もスタイルも良かったが、僕が彼に興味を抱いたのは頭の形が良かったからだ。 　シャンプーをするとき、髪を切るとき、僕は十本の指すべてを駆使して彼の頭部を堪能した。 　先に断っておくが、僕は決してゲイではない。だからと言って女性に興味があるわけでもない。 　僕はただ、形の良い頭部に触れることを最高の喜びとしていた。 　彼の髪を整えているとき、仕事中だということも忘れて没頭していた僕をいぶかしんだのか、彼はある時期からばったりと現れなくなった。鏡越しに見える僕の恍惚とした表情を見て、嫌悪感を抱いたのかもしれない。 　一度は縁がなかったと割り切ろうとしたが、何日経っても僕は彼を忘れることができなかった。 　だって彼の頸は今までの誰よりも、素晴らしかったのだから。 　それから僕は彼を迎え入れる準備を始めた。傍から見ればたいそう自分勝手な話である。ただの独りよがりだと思うかもしれない。 　でも僕は自分の欲求に、常に忠実だった。 　　　　　◇ 　僕が彼のもとに戻ったのは、放置してから約一時間後。たったそれだけの時間だというのに、彼の唇は蒼くなり、全身を小刻みに揺らしていた。 　僕の気配に気づくと、彼はしきりに「腕が痛い」と訴えた。そういえば両腕を縛ったままだった。 　でも僕は彼の腕がどうなろうと気にならない。だからそのまま放っておくことにする。 　自身の願いが聞き入られないとわかると、今度は「寒い」と訴え始めた。 　彼の身体に触れてみると確かに冷たかった。 　濡れた服を着たまま放置されれば、そうなるのは当然だろう。身体のラインが浮き出るようにデザインされたＴシャツは、水に濡れたことでその両胸の乳首を強調していた。 　僕は用意していた裁ちバサミを取り出して、その刃先を尖った先端にあてがう。途端に彼は大げさなまでにビクリと身体を揺らした。 「そのままでは脱げないだろう？　だから僕が切ってあげる。死にたくなければ……わかるよね」 　彼が頷くのを見届けると、僕は彼の服を切り刻んだ。ナイフも扱えるが、やはり服を切るならハサミのほうがいい。 　ピタっと張りついたＴシャツも、ヴィンテージもののパンツも、下着に至るまで僕はザクザクと音を立てて、すべてを細切れにした。今の彼を纏うものは、首輪と腕を拘束する粘着テープしか残っていない。 　彼の震えの正体が、寒さからくるものか、恐怖からくるものかわからなくなっていた。 「じゃあ始めようか」 　僕は横たわる彼の身体を起こして壁にもたせかけた。彼は僕と目を合わせようとしない。震える唇からは何度も「死にたくない」とこぼれている。 　すっかり弱り切った彼の姿に、僕は自身の胸の内が熱くなっていると感じた。意図せず口の端が吊り上がってしまう。 　僕は彼の目の前に立ち、ジッパーを下して、猛った自身を取り出す。 　何もしていないのに、僕のものはすでに半勃ちになっていた。 「口を開けて」 「……な」 「開けるんだ」 「嫌だ」 　思いのほか、彼は強情だ。従順にしていれば助かる見こみもあるかもしれないのに、いちいち彼は反抗する。 　もう僕は自分の欲求を最優先にすると決めた。 「君の意思なんて聞いてないよ」 　僕は彼の顎を掴み、顎関節に指を食いこませて、無理矢理口を開かせる。それから勃起した先端をその隙間に捻じこんだ。 「あ、がッ……あ……ぅ」 「噛むなよ」 　僕は彼の髪を鷲掴みにして彼を持ち上げると、思いきり腰を打ちつけた。 「うが……ッ……ぁあ！」 　彼の見開かれた両目からは苦痛の涙が止めどなく溢れる。 　僕は彼の喉に自身を穿ちながら言った。 「いいか。歯を立てたら君のものを切り落とす。それから君が死ぬまでいたぶってやるよ」 「が……ぁッ」 「死にたくないだろう？　わかったら君の力で僕をイカせるんだ」 　僕のものはあと少しの刺激で達することができる。だけど僕はあえて動きを止め、残りを彼に任せることにした。 「さあ、早く」 　彼はとまどいを見せたが『死にたくない』という気持ちが勝ったようで、もごもごと口を動かし始めた。 　彼は予想以上に巧かった。僕を毛嫌いしていたから、生まれ持った素質なのだろう。 「そう……上手だ……ッ」 「ううッ！」 　僕は彼の口腔にすべてをぶちまけた。彼は驚いて身を引こうとしたが、僕はそれを許さなかった。すかさず彼の前髪を掴み、逃げ道を断つ。 　最後の一滴まで搾り終えて口から自身を引き抜くと、彼は糸が切れた人形のように冷たいタイル張りの床へ崩れ落ちた。薄く開いた彼の口の周りは、飲み切れなかった精液で汚れていた。 「何で全部飲まないの？」 　僕は彼の腹を容赦なく蹴り上げた。 「がはッ！」 　彼は身体をくの字に曲げ、激しく咳きこんだ。 「まあ、いいけど」 　僕は彼の腰に腕を回し、そのまま引き上げて四つん這いの体勢を強いる。上半身を頭と肩だけで支える不安定な姿勢に、彼は顔をしかめた。 　僕は彼が飲み切れなかった精液を指で拭うと、何の予告もなしに彼の後腔に突き立てた。 「いッ……ああッ！」 　ギチギチと音を立てて狭い場所をこじ開ける。最初は一本だった指を二本、三本と増やしていく。 　僕が指を動かすたびに、彼は短く息を吐き、苦痛の声を上げた。 「そんなにきつく締めつけるなよ。こんなに狭いんじゃ僕のものは挿らないよ」 「ぐ……ぅッ、死ね！」 　肩越しに振り返った彼の額には脂汗が滲んでいた。それが強がりであることは簡単に見て取れる。 　僕は彼の中から指を引き抜くと、自身を扱き直した。 　一度達したばかりだというのに、僕のものはみるみるうちに勃起し、先端からは先走りが滲み出た。 　ヌチャヌチャとした水音が聞こえたのか、強気な彼の顔に焦りの色が浮かぶ。 「……よせ……ッ」 「無理だね」 「やめてくれ！」 　彼が初めて僕に懇願した。よほど僕を受け入れるのが嫌なのだろう。僕は口角を上げて言った。 「聞こえないよ」 　彼の制止を求める声が聞こえたが、僕は気にせずに硬くなった自身をめりこませた。 「あぐッ……が、はッ！」 　無意識のうちに、彼は前へ前へと逃げを打つ。僕は彼の腰に回した腕を強く引きつけた。 「うあ……ッ」 　みしり……と何かが裂ける音が聞こえて、彼の内腿に赤い雫が滴る。 　僕と彼との結合部はそのぬめりを帯びて、よりいっそう滑らかになった。 　僕は根本まで自身を入れると激しく腰を動かした。 「がッ、ああッ……ぐ、ぁッ！」 「ああ、いいね……ッ、……とても気持ちいいよ」 　彼の中は温かかった。 　自分好みの締めつけに、気を抜くと僕のほうが流されてしまいそうになる。 　でもまだ足りない。 　僕は繋がったまま彼の身体を裏返し、両足を肩に担いだ。ちょうど彼の位置からだと僕らの結合部が見えるはずだ。 「た……のむ……もう、やめてくれ……」 　身体を返したことで彼の顔が見えた。 　彼は泣いていた。 　その涙を見て、僕はまた彼の中で自身を大きくした。 　最後の仕上げが近づいてきた。 　あと少しですべてが終わる。 　それから僕は、ただひたすらに彼を貪った。彼の上げる声はすべてが苦痛を訴えるもので、間違っても快楽を得ているというわけではなかった。 　でも僕にはどうでもいい。 　僕はただ、自らの欲望を放ち、快楽を得ることに喜びを感じた。 　彼の声が聞こえなくなっても僕は行為を止めなかった。意識を失った彼は、僕が最奥を穿つたびに微かに喘いだ。やはり身体は正直である。いよいよ僕も限界に近づいてきた。 　最後の射精の瞬間、僕は彼の胎内から自身を引き抜き、彼の顔に放った。 　すっかり薄くなったそれでも、彼を汚すには充分だった。