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髪 1

 十四年前。  愛する妻・香織(かおり)が死んだ。  産まれてきた赤ん坊の命と引き換えに。  だが、その赤ん坊と私との間には、直接的な血のつながりはない。  それでも、私は唯一残された香織の形見である息子・(かおる)を護るために、彼を閉じ込め、一生外には出さないと誓ったのだ。 「おはよう、薫」  両開きの扉をぐぐっと押し開き、朝食を片手に私は蔵へ入る。一畳ほどの土間に履物を脱ぎ、一段上がった先に敷かれた布団の中で薫は眠っていた。  ここは盲目の彼のために作られた居住区だ。すべてが薫のために用意された、彼のための檻だ。 「おはよう、薫」  私は薫の肩を揺すり、彼の覚醒を促す。薫は長い睫毛を瞬き、漆黒の瞳を見開いた。 「正臣(まさおみ)さん、おはようございます」  薫は清らかな小鳥のような声で、私に挨拶を返す。  彼が布団から起き上がろうとしたので、私はそれを手で遮り、もう少し寝ているように告げた。  薫は「はい」と答え、静かに床に戻る。  私は薫の邪魔にならないように気をつけながら、土蔵の中の掃除を始める。  土蔵の埃を落としながら、私は薫のことについて考えていた。  薫の目は生まれてすぐに、この私が潰した。暗闇の中で過ごす薫には必要がないからだ。  処置は専任の医師に任せた。その男には金をたっぷりと握らせ、薫の施術は周りのものに気取られないように、細心の注意を払った。  薫は生まれつき目が見えない、不幸で可哀想な子供だ。世間には出せない。だからこの家の中へ閉じ込める必要がある。  何よりも、香織の形見である息子の薫を、手放したくなかったのだ。  薫を閉じ込めてから四、五年。  薫は女児のように可憐に成長していた。閉じ込めたままでいるため、その髪は伸び続け、足先についてしまうほどだ。  私は自ら鋏を手に、薫の髪を整える。薫の髪は生前の香織のように綺麗で艶やかだった。これに満足した私は薫に髪を伸ばし続けるように言いつけ、隙あらば櫛で梳き、美しい状態を保つように強いた。  私と薫自身の努力の結果、薫の髪はそこいらの女どもに負けないほどに美しくなっていた。

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