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爪 2
◇
「お兄さんの爪、綺麗ですね」
「は……?」
釣り銭を渡そうとした手を取られ、まじまじと観察される。奇抜な外観の男にそんなことをされ、一瞬動きが固まった。
「形は綺麗だけど、ちょっと短い。もしかしてギターとかベースとかやってます?」
「ああ……はい、一応」
深夜のコンビニエンスストアには自分以外の店員はおらず、客もまたこの男ただひとりだけだ。
金のためとはいえ働くことは性分に合わないし、元来面倒くさがりな性格でもある。
それらがわざわいして、怒りの火種がかすかに宿った。
手を握る男の腕を振り払い、ちょうど温め終わったパスタを袋に移す。
こんな時間に食べて太らないのだろうか。
ちらりと彼のほうを見ると、待ち構えていたかのように派手な装飾が目立つ四角いケースから、ショッキングピンクが目に痛い紙を取り出す。
そこには都内でも有名なサロンと、ネイリストの肩書きを持つ天海ヒカルという名前が書かれていた。
「お兄さんはえーっと、ナルミさん?」
正しくは鳴海と表記するが、コンビニエンスストアの名札には片仮名でナルミと記名されている。
「ナルミ、何ていうの? もしかして何とかナルミさん?」
「こちらの商品、大変お熱くなっておりますので、ご注意ください」
「やっぱりバンドマンなのかな? 何てバンド? パートは何? やっぱりベース……よりもギターっぽいな。ナルミさんはギターが似合いそう」
「ご来店ありがとうございましたー」
「ねえ、今度僕の店に来ない? サービスするよ?」
「またのご来店をお待ちしております」
マニュアル通りの言葉を繰り返すと、ヒカルはようやく店を立ち去った。
後に残されたものは言いようのない疲労感と、カウンターに置かれたヒカルの名刺だった。
それを見るなりグシャリと手の中で潰してゴミ箱へ捨てる。
変な客だったがもう会うこともないだろう。漠然とそう考えていた。
ヒカルとの再会は、わずか数日後のことだった。
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