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爪 4
◇
ヒカルはその日も前回とは違ったカラーコンタクトを着けていた。
ユージの陰に隠れていたが、すぐに気づかれてしまう。
ヒカルは他の客に見向きもせずに、まっすぐに近づいてきた。
「ナルミさん! 来てくださったんですね!」
「俺はただのツレです。客じゃない」
「つれないこと言うなよナルミ。お前のために来たんだからな」
逃げ出さないようにするためか、ユージが肩に手をかける。他の客やスタッフの手前、大人しくするしかなかった。
結局ヒカルに連れられ、個室へと誘われる。ユージは別のネイリストと一緒にどこかへ姿を消した。
「うわぁ……やっぱりナルミさんの爪って綺麗ですね……惚れ惚れしちゃいます」
「そりゃどうも」
「ねえ、ナルミさん。僕をあなたの専属ネイリストに指名してくれませんか? 僕、あなたの爪に魅入られちゃって……こんなに綺麗な爪なんですもの。この爪、もっと長く伸ばす気はありますか?」
「ないよ。俺に必要なのはギターを弾く指だけだ。長ったらしい爪なんて邪魔なだけだ」
自分にはあまりにも不似合いな空間から――いや、このヒカルという男から――早く逃げ出したくて、わざとそっけない態度をとった。
だが、ヒカルにはまったく通じないらしい。
ヒカルはネイルセットが乗った台車を手元に引き寄せ、施術を始めようとする。
冗談じゃない。
ヒカルに掴まれていた腕を振り払い、最後通牒を下す。
「これ以上、俺に関わらないでくれ」
「どうしてです? 僕、ナルミさんに何かしました?」
「まだ、何もしてねえけど……でも、はっきり言ってやろうか、気持ち悪いんだよ。男の爪を見て何が楽しい? 爪なんてどれも同じだろう? 俺じゃなくてもいいだろう?」
「違う、僕はナルミさんの爪が好きなんだ。他の誰でもない、ナルミさんの爪が好きなんだ」
ヒカルは真剣だった。その思いは熱い。だからこそ、もう関わってほしくなかった。
「じゃあな。金はツレが払うから安心しろ」
個室を抜け出し、出口へと向かう。
当然追いかけてくるものと思っていたが、意外にもヒカルは追ってはこなかった。
「ああ、ナルミさん。偶然ですね」
深夜、コンビニのアルバイトを終えた帰り道での出来事だった。
振り返ると、そこには真っ黒な服装に身を包んだヒカルが立っていた。その服装は派手好きなヒカルには似合わないと直感で思った。
ヒカルとの再会は数ヶ月ぶりだ。
最後に会ったネイルサロンでの一件以来、ヒカルは姿を見せなかった。
正直ヒカルが現れないことに多少の疑問と不信感を抱いていたが、ヒカルの存在を忘れようと努めていたため、彼の危険性をまったくといっていいほど考えなかったのだ。
「会いたかったです。元気にしてました?」
「……俺に関わるなと言ったよな」
「僕、ナルミさんに会いたくて会いたくて、夜も眠れませんでした」
ヒカルはニコニコと笑いながら距離をつめる。今夜は何色のカラーコンタクトを着けているのだろうか。
そのようなことを考えてしまったのは、ヒカルが醸し出す異様な雰囲気にのまれてしまったせいだろう。
「ナルミさん……」
見下ろす先にあるヒカルの両目が妖しい色を灯す。
それが光りまたたいた瞬間、意識は急激に遠のき、やがて暗闇に包まれた。
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