15 / 31
爪 7
面倒だ。
どうしてこの男はこんなにも、抱かれることに執着するのだろうか。
ヒカルは「抱いてくれ」と懇願するばかりで、一向に引き下がろうとはしない。
攻防を続けているうちに次第に抵抗力を無くしていき、それと共に思考力、判断力も失われていくようにも思えた。
ヒカルの輪郭が曖昧になってくる。
そうしている合間にもヒカルはズボンの前立てをくつろげ、下着の狭間から萎えたままの性器を取り出す。
そして自分の手首ほどもある太さのものを、何の戸惑いもなく口に含み、健気にも愛撫し始めた。
「よせ……」
ヒカルの頭髪を掴んで止めさせようとするも、目の前に現れた自らの爪に慄き、その手を離してしまう。
ヒカルの舌は熱く、ねっとりとうねり、敏感な箇所を絡め取っていく。
「……っ」
達するのは時間の問題だった。
勢いよく飛び出した精液を、ヒカルは美味そうに飲み、そのままの口で唇を重ね合わせる。
自ら吐き出した精液を飲まされることになるとは思ってもみなかった。だが不思議と嫌悪感は湧いてこない。
いよいよおかしくなってしまったのか。
監禁されてから数日が経つが、ここまで性的興奮を覚えたのはこれが初めてである。迎合する気はないが、ほんの少しだけこの男の本質を覗いてみたい気もした。
「ナルミさん……ナルミさん……」
ヒカルが上体を屈め、自ら装飾した爪の生えた腕を取り、それを下肢へと宛てがおうとする。体格差では勝っている。跳ね除けてしまえばいい。
でもどうしてだか、身体はそのように動こうとはしなかった。観念して、ヒカルの好きなようにさせる。
「握って……」
指先で感じたヒカルの性器は、解放を求めてずくずくと疼いていた。
「んぅ……っ」
言われるがままに性器を握ると、ヒカルは鼻から抜けるような吐息を漏らし、小さく身体を揺らした。
その姿にかつて抱いた女の面影を彷彿させられ、思わず手を止めてしまう。
「……止めないで」
ヒカルは絞り出すように言う。目が合うと、ヒカルはそっと視線を下げ、上半身を覆うTシャツを脱ぎ始めた。
一度も陽に焼けたことのないかのような白くて細い腰骨の周りに、黒々と絡みつくタトゥーが見える。
それはヒカルの背から上腕にかけて刻まれていた。
「お前、それ……」
「僕なんか見なくていい。それよりも、ナルミさんの、自分の爪をしっかり見てて」
馬乗りの体勢から膝立ちになったヒカルは、中途半端にまとっていた下着を降ろす。
現れたのは、壊れてしまいそうなほど貧弱な大腿部だった。
「ねえ、ナルミさん……僕、本当にナルミさんのことが好きなんだ……ナルミさんの爪で――」
ヒカルは自らの秘部をまさぐり、言った。
「――僕を激しく突いてほしい」
女の胎内と同じだ。
ねっとりと湿っていて、挿入された異物を飲みこむどころか深く絡め取り、決して逃そうとはしない。
ヒカルの手によって装飾を施された爪は、今、彼自身の後腔に挿れられていた。
「ふぁ……ん、ぁ、ああぅ……っ」
ヒカルは後腔に爪を突き立てたまま、激しく腰を揺らす。
性器を挿入されていなくても、その情景はあまりに目に毒だった。
「は、ぁん……ナ、ナルミさん……もっと、もっと僕を犯して……!」
ヒカルはそう言いながら、今度は縦に身体を揺さぶった。
「っああ……っ、あ…………ぁ……んっ」
装飾を施された爪が後腔を傷つけたのだろうか。
ヒカルの血が爪を、指を、手のひらを伝っていく。
この出血量ならば彼に弄ばれたラインストーンは剥がれ――あまり考えたくはないが――ヒカルの胎内に残り、そして内側から彼自身を痛めつけるのだろう。
「もう止めろ。俺はお前のために言っている」
心からの本音だった。
「いくじなし」
ヒカルの性器がぶるんと揺れ、先端から薄い白液が顔を覗かせる。
「でも見てよナルミさん。あと少しでイッちゃいそうだよ。ふふふ。ナルミさんの爪に突かれて、僕イッちゃうよ」
「――狂ってる」
「僕はただ、爪が好きなだけだよ」
ヒカルに誘導され、彼の胎内の最奥を突いたとき、ヒカルは背をのけぞらせて高い声で啼き、勢いよく射精した。
「は……ぁ……はぁ…………」
ヒカルの放ったものは組み敷かれたままの腹にも飛び、まるで犯された側のような気持ちにさせられる。
不快だ。
だがその悪感情を飲みこむよりも先に、疲労したヒカルの身体が崩れ落ちてくる。それまで金縛りにでもあって硬直していたはずの身体が、自然と動いた。
「ナルミさん……?」
「少し黙っていろ」
抱き留めたヒカルの身体は、砕け散ってしまいそうなほどに華奢だった。
「天海ヒカル……」
「――嘘。名前、覚えててくれたの?」
「嫌でも覚えさせたのはお前のほうだろう」
腕に抱いた身体を、今度は反対に組み敷く。
優位な体勢になって気づいた。ヒカルの目が真っ赤に充血していることに。
「なぜ泣いている?」
「嬉しいから……ナルミさんが僕の名前呼んでくれて嬉しいから……」
「――馬鹿な男だ」
カラーコンタクトで隠された瞳が妖しく光る。
まただ。
この光に惑わされてはならない。
そう頭でわかっていても、何かに操られるように上体が傾いていく。眼前にヒカルの顔が大写しになる。
「ナルミさん――――」
その唇を、自分のものと重ね合わせて封じた。
ともだちにシェアしよう!