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脚 3
高校を中退して二年間は何もせず、ただ家に閉じこもっていた。
苦痛だった。井橋は内向的な性格であるものの、どちらかといえば外に出て身体を動かすことが好きだったからである。
高校一年の夏、野球部のエースあり、敬愛していた吉村の人生を破滅させてしまった後悔は、井橋を苦しませ続けた。自分はまっとうな人間にはなれない。このままのうのうと生きていてはならない。
井橋はひとりもがき、苦しみ、ぐるぐると悩み続けたのだ。
そんな折り、近くの工場の求人広告が目に入った。
専門技術はないが、ライン作業なら中卒の自分でもできるだろう。
誰とも関わらずに淡々と流れ作業をこなせば、全身にまとわりついた負の感情も洗い落とせるかもしれない。何よりも定職に就き、金がほしかった。
入社してから約十五年が経ち、井橋は三十二歳になっていた。身体は逞しく成長したが、心はやはりあの夏で止まっている。田所という同僚に巡り会わなかったら、とうの昔に工場勤務も辞めていただろう。
生真面目で女の影が見えない井橋を会社の人間は何も言わない。ワケアリが多い職場の暗黙の了解である。
むやみやたらに干渉しない人間関係も井橋は気に入っていた。
「失礼します」
所長室に足を踏み入れた井橋は驚いた。
てっきり所長だけだと思いこんでそのまま帰れるようにラフな普段着でいたのに、部屋の中には所長ともうひとり見知らぬ男がいたのである。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「いや、構わんよ。こちらがうちの井橋です。口数は少ないが、いまどき珍しい仕事熱心な若者です」
所長は男に向かって井橋を紹介する。所長が頭を下げたので、井橋もならった。
男の声が頭上にかけられる。
それはどこか懐かしくも、嫌な記憶を呼び起こすパンドラの箱だった。
「元気そうだな」
「――先輩」
顔を上げた井橋に、十七年ぶりに会った吉村は苦く笑いかけた。
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