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脚 7

 次に井橋が目覚めたとき、鎮痛剤が効いたためか痛みは和らいでいた。  だが全身を取り巻く倦怠感と熱気が井橋を苛み、なによりも吉村に絞められた首が苦しかった。  ――俺はお前が憎い。  吉村は怒りの感情のまま、抵抗できない井橋の首を絞め、憎悪の言葉を浴びせかけた。  ――簡単に死ねると思うなよ。  吉村は井橋が意識を失うギリギリのラインを見極め、井橋が気絶しそうになると手を弛め、正気を取り戻しかけると、また絞めを繰り返した。  あの人は何をしたいのだろうか、と井橋は思う。それは突然暴力をふるわれた恐怖からではない。  暗くなっていく視界に捉えた吉村の瞳が、どこか悲しげだったからだ。  昨晩の凶行を見ると井橋の思い過ごしかもしれないが、吉村は井橋に暴力をふるうたびに、自分自身もひどく傷ついているように思えた。 「先輩……」  井橋は小さく吉村を呼んだ。尿意を催したのである。  だがいくら待っても吉村が現れる気配はない。  歩くことはできなくても這っていくことは可能ではないか。そう考えた井橋は痛む身体に鞭を打ち、慎重にベッドから降りようと試みる。  数分かけて上半身を起こし、呼吸を整えてから脚を床に降ろす。  自らの秘部が目に留まり、何かで覆い隠そうとしたがめぼしい物が手近にない。  井橋は仕方なしに全裸のままトイレへ向かおうとしたが、誤って右脚から踏み出してしまい、脳天をつんざくような激痛に襲われ、そのままフローリングの床へ倒れた。 「あ、脚が……脚が……」  あまりの痛みに情けないとは思いつつ、井橋は泣いた。  吉村が戻ってきたのはまさに最悪といっていいほどのタイミングだった。 「逃げようとしたのか?」 「っせ、先輩、俺の脚が……」 「俺から逃げようとしたのか、井橋?」  廊下の明かりを背に立つ吉村は、再び凶暴性を露わにしていた。 「逃げる気がないなら、お前は何をする気だったんだ?」  吉村の怒りは身を持って体験している。彼を激怒させるような言動は避けたい。  井橋は正直に答えた。 「あの…トイレに、行きたくて」 「トイレ?」 「昨日から出してなくて、限界で……お願いします先輩。助けてください……」  恥も外聞もかなぐり捨てて、井橋は吉村に懇願した。  床に伏したままの井橋には吉村の表情までは正確に読みとれないが、井橋の答えに吉村はさほど怒っていないと感じた。  それどころか井橋の身体を横抱きにし、廊下を出てすぐのところにあるトイレまで運んでくれる。  井橋は戸惑うばかりで、だが決して抵抗することはなく、彼に運ばれるがままトイレへ向かう。  吉村に支えられながらトイレのドアを開けると、目の前の小さな障害に気がついた。  井橋はちらりと後方の吉村を見るが、彼は井橋の主張をわかっていながらも、気づかないフリを続ける。  尿意も限界だと悟った井橋は、消え入るような声で吉村に頼んだ。 「て……手伝ってくれませんか?」 「何を?」 「出すのを……」  井橋の耳は真っ赤に染まり、発熱とはまた違った内側からこみ上げる熱が、かあっと井橋を包みこむ。  そんな井橋の様子を見て、吉村はにやりと笑った。  それから井橋の性器を背後からぎゅっと握り、便器に向かってゆさゆさと振った。 「どうだ、井橋。出していいんだぞ。それとも俺がシゴいてやらないと出ないのか?」 「やめてください、お願いですから……」 「早く出せよ。俺の目の前で漏らしてもいいっていうなら話は別だがな。ほら、早く」  吉村は井橋の性器をたぷたぷと上下にしごき、もう片方の手で張りつめた膀胱を強く圧迫した。 「……ひっ……あ……嫌、嫌です……勘弁してください……」 「泣くのはまだ早い。次はこっちだ」  井橋は吉村に連れられるがまま、今度はそのまた隣のバスルームへと連れこまれる。  そして温度調整していない水のシャワーを頭からかけられたのだ。  全身に冷たい水が降り注ぐと、井橋の身体は目に見えるほどガタガタと震え、唇は真っ青に変色する。  トイレで受けた羞恥に加え、バスルームでの仕打ち。  井橋は半ばパニックに陥り、あられもなく泣き叫んだ。  井橋の身体を徹底的に冷えさせると、吉村は井橋をタイル張りの床に俯せにし、シャワーノズルを調節し適度な水圧に変えた。  そしてノズルを井橋の後腔へ無謀にも突き立てた。 「ぎゃっ」  冷水をねじこまれる未知の恐怖に井橋は短い悲鳴を上げ、吉村から少しでも離れようと動かない手足をバタバタと暴れさせる。  井橋の抵抗を知ると吉村は水圧を上げ、さらに水を注ぎこんだ。 「逃げるなよ、井橋。中を洗うだけだ」  穏やかな言葉とは裏腹に、吉村の手は逃げを打つ井橋の腰をがっつりと捕らえる。  あらかた腸内に水を注ぎ終えると、今度は節くれ立った指で入れ終えた水をかきだし始めた。 「綺麗になるまで繰り返す。暴れたら引き裂いてやる。だから逃げるなよ。お前に逃げる権利なんてないんだからな」  井橋はもう声を上げる気力すらなかった。  目的が見えない吉村が怖い。  この暴行はいつまで続くのだろう。  肉体への攻撃ならばまだいい。  吉村は屈辱的な行為を強い、井橋の男としての尊厳すら奪いかねない。  内股を伝う水の感覚すら曖昧になり始めたころ、突然背後の吉村が低い呻き声をあげる。  吉村はそのまま井橋の上に覆い被さった。 「くそ……っ」  吉村は右膝を押さえていた。 「だが、これでお前も同じだな」  苦痛を漏らしながらも、吉村はひきつるように笑った。  痛々しい声がバスルームに反響する。 「これで痛み分けだ……」  吉村は井橋を両腕でかき抱き、井橋の肩口にそっと額を押しつける。 「逃がさないからな」  吐息と共に囁かれた言葉は、井橋の心を捕らえたが、同時にある決心もさせた。

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