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3、なんでこんなことに……!

 ——『ここ、なんでこんなになってんだよ。変態』  雄々しさの中にどこか優しさを秘めたような笑顔を浮かべた泰介が、ぐんとパンツを押し上げる俺の屹立を優しく撫でた。たとえ淡い刺激でも、泰介に触れられたいという切なる願いを心に押しとどめ続けてきた俺にとっては、あまりに贅沢なご褒美だ。 「……ん、ぁ……泰ちゃんが、触ってくれるから……」  ——『へぇ、俺に触られるとこうなっちゃうわけ? なんで?』 「好きやから……っ、泰ちゃんが好きやからやん……」  喘ぎながらそう訴えると、ほほ笑みが突然雄々しいそれへと変貌する。獲物を射竦めるように目を細め、下唇のふっくらとした形の良い唇を細く吊り上げた。  勿体ぶった手つきで下着の前だけ少しずらされてしまうと、俺のペニスがふるんと撓って飛び出した。鈴口からトロトロと涎を垂らして物欲しそうにしているそれが、あの大きな手で包み込まれる。 「あ……ぁん、んん……」  ——『もう濡れ濡れ。行儀わりーな。こんなにヨダレで濡らして、恥ずかしいくねぇのかよ』 「ごめ……ごめんなさい……っ、でもっ……ぁん、泰ちゃんの手、きもちええもん……っ」  ゆっくりと扱かれるだけじゃ足りなくて、先をねだるように腰が上下に動いてしまう。そんな俺の姿に呆れたように微笑む泰介が、ぺろりと自分の唇を舐めた。エロすぎてイキそうだ。  泰介の唇は絶対柔らかいと思う。柔らかくて、弾力があって、唾液で濡れるともっちりしてエロくなって、絶対絶対気持ちいいに決まってる。  形が良くて赤みもあって、エッチな唇だ。……かねてから、その唇であちこちキスされてしまう妄想を繰り広げていた。  それがとうとう……俺のあそこに触れて——……。 「アッ……ぁんっ……ぁンっ……」  じゅぷ、ちゅく……と吸われて、飲み込まれて、喉の奥で絞められる。俺は声を殺すことさえ忘れて、腰を揺らしながら喘ぎ乱れた。  俺の腰をガッチリと掴んだ泰介の手に触れながら「ぁ、あん、っ……はげし……っ、出ちゃうよぉっ……」と甘えた声で乱れよがる俺を、泰介は上目遣いに見上げてきた。 「ぁぁ、ぁ……だめ、だめってっ……たいすけ、っ……」 「倫……? おい、お前……」 「……ぁ、あっ…………あ?」  軽く肩を揺さぶられたことで、膨らみきっていた夢の世界がパチンと音を立てて消え失せた。  ハッとして目を開いた先には、見慣れない白い壁。俺の火照った身体を受け止めているベッドの感触は、普段俺が使っている敷布団とは違った感触で……。  ——あ、俺……確か泰介のベッドで寝て……。  と、そこまで思い出してギョッとする。今、自分の身体が、どれほどマズイ状況に陥っているのか気付いたからだ。  俺はなんと、パンツに突っ込んだ自分の手で、思い切りイキリ勃った分身を握っている。  しかも……泰介が、そんなことをしでかしている俺を、すぐそばで見ているという、地獄のような状況で——……。  恐る恐る、そろりと視線だけ動かしてみる。  背後にいる泰介は寝相が悪くて、実はまだ熟睡中という奇跡だってあるかもしれない……!!  だが、泰介はしっかり目を開けていた。ということは、俺が、泰介のベッドで泰介の名前を呼びながら自慰に耽っていることに気付いていたということ……。 「え、えっと……倫……」 「あ……あ、ぁ……あ」  言葉が出ない。さすがの泰介も、見せつけられた俺の痴態に言葉を失っている。  そりゃそうだ、当たり前だ。自分のベッドで、自分の名前を呼びながらオナニーをしている男が隣にいたんだから……。  ——どどど、どど、どないしょ……!! 欲求不満すぎて、俺、どえらいこと……!!  俺は素早くシャツを下げて前を隠すと、その場で深々と泰介に土下座をした。  そして、呆気に取られている泰介を押しのけるようにして荷物を引っ掴むと、靴を突っ掛けそのまま外へ飛び出す。 「おい、倫……っ!」  微かに名前を呼ばれたような気がしたけれど、そこで立ち止まる余裕なんて俺にあるわけがない。  乱れた着衣のまま、泣きながら早朝の街を駆け抜けた。      + 『おいおいどーした。なんで学校こねーんだよ』  ピロン、と入ってきた通知をチラリと見たきり、俺はふたたび布団をかぶり直す。  メッセージの送り主は山之内研吾だ。同じ学科の友人で、俺や泰介と毎日のようにつるんでいる大学の同期。 『昼ごはんひとりでさみしーんだけど』とか『風邪なら代返しといてやるよ?』などと立て続けにメッセージはぽこぽこと入ってくる。  泰介の部屋の除霊をしたのが金曜。  そして、今日は月曜日だ。ずっと部屋にこもりきりだったからわからなかったけど、スマホの時計はすでに十三時を示している。  大学なんて行けるわけがない。泰介とは学科が同じで、講義なんてほぼほぼ全部かぶっている。あんな気持ち悪いことをしでかした俺が、ノコノコ普通の顔であいつの前に現れたりできるわけがないじゃないか。 「うう……俺のアホっ、アホったれ……ううー」  布団の中で何度目かもわからない咽び泣きを繰り返し、俺はまたしとしとと枕を濡らした。  ——絶対引かれた。ぜーったい嫌われてもた……!! どないしょ……俺、もう一生泰介と会えへんやんんんん……。  自分を泰介の立場に置き換えてみても、一億%気持ち悪い。気持ち悪いし、人間としてありえない。  いくら除霊の後で疲弊していたからとはいえ、恋心をひた隠しにし続けてきた相手のベッドで眠れた喜びで、無意識に興奮した俺が悪い。心の底から気持ち悪い。 「うう……うぇっ……もうがっこうも行けへん……」  せっかく、猛勉強の末にいい大学に入れたのに。  ゲイであることを両親には打ち明けているけれど、一人息子の俺にだけは普通の人生を歩んで欲しかった両親たちの顔は、やはり明らかにひきつっていた。  それなら、偏差値無理めのいい大学に入ってやる。息子はゲイだけど頭は良くて、国立の一流大学に通ってしっかり勉強してるんです——って、自慢させてやりたくて。  がむしゃらに勉強した。  元彼とのデートも我慢した。「受験頑張って」と応援してくれた元彼にもカッコいいところを見せたくて、頑張った。エッチだってもっとまったりやりたかったけど我慢して、フェラしながら自分のを扱いて終わらせたりしてたのに……(ひょっとしたらそれもフラれる一因になったもかもしれない)。    必死で勉強して勉強して……ようやく、英誠大学工学部に入ることができた。  そこで出会った泰介に惚れて、友達でもいいからずっと仲良くしていたいと望んでいた。  たとえ想いを告げることができなくても、もし、あいつに彼女ができても、笑顔で応援してやろうと思っていたのに……。 「うううう……なんでこんなことになってしもたん……っ、ひっぐ……」  止まらない涙の分だけ喉が乾いて、ペットボトルのスポドリをぐびぐびと飲み干した。だが、水分補給をしたそばからまた涙になっていく。泣いても泣いても、状況は何も変わらない……。  そのとき、間の抜けたメロディが部屋に響き渡る。研吾から電話だ。  朝からメールを無視しまくっていた後ろめたさもあり、俺はのろのろとスマホを手に取って、通話ボタンをタップした。 「ぼじぼじ(もしもし)……」 『うわっ、どうしたその声!? やっぱり風邪かなんかか!?』 「ゔん……まぁぢょっどね……ズビッ……どじだん、電話……」 『いやさぁ、倫だけじゃなくて泰介も学校休んでるから、なんかへんな夏風邪でも流行ってんのかなーと思ってさ』 「えっ……だいずげぼ……?」  ……ああ、それなら俺のせいだ、と内心土下座する。  きっと、変態オナニー野郎の俺に会いたくないから、泰介も大学に出てきにくいに違いない。一浪までして英誠大学に入った泰介の未来のためにも、俺がいさぎよく大学を辞めるのがいいかもしれない……。 『てか、泰介のほうはさ、既読も全然つかねーんだよ。倫は連絡とってみた?』 「いや……ぜんぜん……」 『ちょっとお前からもLINEおくってみてよ。電話してもつながんねーし、あいつ一人暮らしだし、この暑さでぶっ倒れてたらシャレんなんないから』 「だ、だじがに(確かに)……」  研吾からの電話にも出ないなんて、それは気がかりな状況だ。  俺はモゾモゾと布団から出て立ち上がると、遮光カーテンを細く開いてみた。  カッと瞼を焦がすような眩しい陽光。今日も見るからに極暑だろう。  こんな中、一人暮らしの泰介の身に万が一のことが起きていたらと想像すると、ゾッとする。  ——もし、除霊がうまくいってなかったら? 俺のアレは置いとくとして、もし、まだ悪いものがあの部屋に残っていたとしたら……。  重い空気、寒い部屋、泰介に絡みつく黒い影……あれが、もし、泰介の身を脅かしていたら……。  俺は研吾の電話をブツっと切ると、大急ぎで風呂場に飛び込んだ。  もしあの部屋に悪いものがいるならば、今、俺の抱える陰気は餌になってしまう。悪霊を増長させて、泰介に害を与えてしまうことはなんとしてでも避けねばならない。  そのためには、簡単でも禊をしなくてはいけない。  シャワーを浴びて身を清めて、どよどよと俺を暗くしていた後悔の念をすっぱり切り捨て、今はあいつを助けることに専念しなくては。  ごしごしと身体のすみずみまで綺麗に清め、泣き腫らした顔を冷水で締める。  そうしていると、いくらか気持ちもシャキッとして、ようやく生気が戻ってきた。 「うっし……今行くで!!」  そしてバタバタと着替えを済ませ、ボディバッグを引っ掴むと、俺は炎天下の下を猛ダッシュした。

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