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第15話

 次に目が覚めた時は、身体が動くようになっていた緋嶺は、隣に鷹使がいなかったので起き上がった。  やはり素っ裸だった緋嶺は着替えて寝室を出ると、コートを引っ掴んで外に出る。何となく、鷹使は外にいるだろうと分かったので庭を探すと、新しい車と鷹使と、先日会った天使の少年がいた。 「あ、おはようございます。……鷹使さんと【(ちぎり)】をされたそうで」  にっこり微笑む彼に、緋嶺は何だそれは、と鷹使を見ると、鷹使はまだコイツには説明していないんだ、と目を伏せた。 「ええーっ? 説明無しに【契】を交わしたんですかっ?」  少年は驚いたように声を上げる。よく繋がりましたね、と言っているから、緋嶺は何となく嫌な予感がした。鷹使は緋嶺を見て、いつものようにニヤリと笑う。 「……家族になってと、熱烈な告白を受けたからな」 「わー!!」  緋嶺はとんでもないことを言い出した鷹使の言葉に被せて、大声を出した。確かにそう言った記憶はあるけれど、あれは朦朧としていたし、付き合いで返事をしてくれたものだと思っていたのだ。  すると天使の少年は意外そうな顔をする。 「ふーん。ま、鷹使さんが良いなら良いです」  そう言って、少年は羽を出して飛んで行った。昼間なのにあんな目立つ事をして大丈夫だろうか、と苦笑すると、鷹使に家に入ろう、と促される。 「そうだよ。アンタ俺に言ってない事とかあるだろ」 「それについては否定しない。けど、それもお前の不確定要素が大きかったからだ」  今から説明する、と言われて二人はコートを脱いでリビングのコタツに入った。 「っていうか、ここは安全なのか?」 「安易に外から見られないような、結界が張ってある」  お前が鬼まんじゅうを貰ってから張り直した、と言われ、緋嶺は肩を竦める。そう言えば、あれからセナは見ていない。 「それに、五日前俺たちを襲った豪鬼たちには、それなりの怪我を負わせたしな」 「……」  やはりあの鬼たちは、族長の豪鬼と配下だったらしい。そしてあれから五日も経っていたのか、と緋嶺は驚いた。 「向こうも襲うなら、回復してから来るだろう」 「……なぁ、豪鬼? は指輪がどうとかって言ってたけど……」 「それもお前の不確定要素のひとつだ。混血児……お前が産まれた時に、指輪も生成された」  天使族が独自に調べたところ、その指輪は全ての者を従わせる力があったという。危険だからすぐに破壊しろと言う意見と、緋嶺さえ正気でいれば大丈夫じゃないか、という意見でぶつかり、やはり緋嶺共々破壊しようという意見が多数派になった。 「しかもそれはお前にしか扱えない。力が不安定なお前が正気なうちに、というのが族長会議で決定された」  緋嶺は息を飲む。そんな話は知らないし、父親の緋月(ひづき)も記憶の中では何も言っていない。 「しかも、お前は赤鬼の血を引いている。物理的な破壊力は人ならざる者の中でもトップクラス。そんなお前が暴れたら……」  なるほどそれは戦争が起きる、と緋嶺はため息をついた。でもなぜ、鷹使は指輪の事を黙っていたのだろう? 「じゃあ指輪を破壊すればいいんじゃないか?」  緋嶺はそう言うと、鷹使は静かに首を横に振った。 「指輪は緋月によって隠されている」 「また父さんかよ……っ」  思わず声を上げると、鷹使は立ち上がって緋嶺の隣に座った。 「長年その在処(ありか)を探していたが、知っているのは今のところ俺だけだ」 「……は? どうして……」  すると鷹使は緋嶺の下腹部に手を当てる。次の瞬間、いつかと同じように性器の奥を触られているような感覚がして、腰を震わせ鷹使の手を掴む。 「あ……っ」 「ここだ。指輪はお前の臓器と癒着し、お前が使用しているという条件を満たしてしまっている」  つまり、いつでも指輪を使える状態なんだ、と鷹使は言う。そんな、と緋嶺はやってくる快感に身体が熱くなり、それ以上言葉を紡ぐことはできずにガクガクと痙攣した。  一気に熱くなった身体を、荒い呼吸で整えようとすると、鷹使はそこから手を離す。そして腕を引かれて彼の腕の中に収まった。 「アイツのせいで、俺はサラを奪われ、サラの大切なものまで奪われそうになってる」  お前だけは、何がなんでも護ってやる、と言われて、緋嶺はなぜか心が冷えていくのを感じた。  なぜここでサラの名前ばかり出すのか、と。  そう思ってハッとした。別に、鷹使が誰を想おうが彼の勝手じゃないかと。 「だから天使族最強の【契】を使ってでもと思った」 「……その【契】ってのは何だ?」  緋嶺は自ら鷹使の肩を押して離れると、【契】についての説明を求める。 「簡単に言えば、力の器を繋げることだ」  鷹使はその辺にあったメモとペンで歪んだ四角をふたつ描き、その間を線で繋いだ。お互いに使える力は相方の分だけ増え、どちらかが回復役になれば、半永久的に力が使えるようになるという。しかし緋嶺はその歪んだ絵のせいで、説明が上手く頭に入ってこない。鷹使は絵が下手なようだ。 「もちろん、これは互いの信頼と愛が必要になる。お前は俺に家族を求め、俺はお前にサラの遺物という形で、ある程度の好意は持っている」  鷹使から、好意という言葉が出てきてドキリとした。しかし今の鷹使の言葉に違和感を持ち、緋嶺はなぜだろうと思いながら頷いた。 「さらに俺とお前は力の相性が良い。初めてお前の力を吸った時、とても甘かったからな」  緋嶺は、鷹使と口付けた時に蜜のような味がしたのを思い出した。あれが力の相性が良いということらしい。だから鷹使は緋嶺の力を吸った後、美味しそうに唇を舐めていたのか。 「……元々天使族が婚姻の証としてやるものだ。俺ら程度の気持ちじゃ、すぐ外れる可能性もあるが……」  豪鬼を追い払うためと、緋嶺の安定を保つためなら致し方ない、と鷹使は言う。  そう言われて、緋嶺はムカついた。仕方ないであんな事をするのか、と。そして先程から、緋嶺は鷹使の言葉にイラついている。どうしてなんだ、とそっぽを向いた。  緋嶺はまだ、その気持ちの正体に気付きたくない、とため息をついた。

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