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第16話

 気が付くと緋嶺は草原の中にいた。  ここはどこだ? と周りを見渡すと、豊かな緑と小川が見える。綺麗な所だな、と思っていると、ある木の下に誰かがいることに気付いた。  緋嶺はそっと彼らに近付く。よく見るとそれは男女で、女の方はとても美しいひとだった。  豊かな金髪を腰まで伸ばし、白く柔らかそうな肌はグリーンのワンピースに包まれている。金髪と同じく艶やかなまつ毛の下には、琥珀の瞳があり、その目は胸元に抱いた何かを愛おしそうに眺めていた。  対して男は筋肉質で背が高く、小麦色の肌で長めの漆黒の髪をしている。鋭い瞳は赤色で、女の抱いたものをこちらもまた愛おしそうに見ていた。 「あ、あくびしてる……可愛い」  女は胸に抱いたものを見て笑った。つられて男も笑う。 「こうしてるとサラそっくりだよな」  男は低く甘い声で言う。サラという名前と、その声に聞き覚えがあった。この男は──緋月だ。あれが両親か、と緋嶺はどこか他人事のように思う。 「そう? 鼻と口は緋月そっくりよ?」  サラは見蕩れるほど綺麗な笑顔を見せる。二人は今とても幸せで、愛し合っているのが分かる表情だった。  それを見て緋嶺はなぜかホッとした。記憶が無いとはいえ、両親が幸せそうにしている所を見られたからだ。どうしてそれができたのかは分からないけれど。  すると緋嶺の背後でガサッと音がした。振り返ると鷹使が降り立って羽を消したところだった。鷹使は緋嶺を認めると、眉間に皺を寄せる。 「お前、誰だ?」 「え……?」 「あ、ヒスイっ」  すると緋月が駆け寄って来た。緋月には緋嶺が見えないのか、何の反応もなく緋嶺の横を通り過ぎて行く。  それが、自分が無視されたようで胸が痛くなった。それが鷹使にも見えたらしい、自分を指さして何かを話している。緋月はこちらを見て目を凝らしているけれど、やはり見えないのか肩を竦めた。 「もう一度聞く。お前は誰だ?」  緋嶺は口を開いて、自分の名前を伝えた。鷹使がそれを緋月に伝えると、緋月は驚き、そしてその後に喜び、そして泣いた。 「緋嶺、大きな姿でそこにいるってことは、殺されずに生きているんだな……良かった……っ」  そして緋月はおーい聞いてくれ! とサラの元へ走っていく。サラも話を聞き、緋月が指した方を見たが、やはり見えなかったようだ。けれど緋月と幼い緋嶺の三人で抱き合って喜ぶ姿を見て、緋嶺も目頭が熱くなる。  自分はちゃんと愛されていた。それが嬉しかったのだ。  しかしどうして緋嶺はここにいるのだろう? そう思って鷹使を見ると、彼は緋嶺の額に人差し指を置いた。 「これは俺の夢だ。……もう帰れ」  優しい声でそう言われると目眩がする。そして気付いたら布団に寝ていた。  心臓が痛いほど早く動いている。両目尻から熱い液体が零れて、緋嶺は涙を拭おうと腕を動かした。しかし、その腕を止められてビックリする。 「なぜ泣いている?」  鷹使がまたくっついて寝ていたのだ。そういえば、まだ完全に回復していない、とまた同衾させられたのだったと思い出し、そっぽを向いた。  夢だったのだ。大きくなった緋嶺がいると、喜んでいた両親は。それにしても不思議な夢だった、そう思っていると、鷹使は驚いたような声で言うのだ。 「お前、俺の夢を覗いたのか?」  緋嶺は無言で涙を拭う。それを肯定と取った鷹使は、とても優しい声で言った。  どうやら【契】をすると、相手の夢に入り込むことがあるようだな、と鷹使は緋嶺の頭を撫でる。 「この時はもう逃亡生活だった」  あらゆる世界を文字通り飛び回り、それでも二人は幸せそうだった、と鷹使は懐かしそうに呟いた。 「……あんた、本名はヒスイって言うんだな」  美しい鷹使にピッタリの宝石の名だ。緋嶺はその名前を呼んでみたいと思って、一緒に起き上がって鷹使を見る。しかし彼は晴れない顔で布団から出た。 「その名前はもう捨てた。……朝食を食べたら出かける、早くしろ」  先程とはうってかわり、鷹使は冷ややかな声で言い寝室を出て行く。あまりの態度の変わりように、緋嶺は何かまずいことをしたかな、と後を追いかけた。 「なあ、俺何かしたか?」  キッチンで冷蔵庫を開けていた鷹使は、振り向いて緋嶺を睨む。 「……二度とその名前で俺を呼ぶな」 「……」  そのあまりの冷たい眼差しに、緋嶺は思わず立ち止まった。そしてなぜか、胸がギュッと締め付けられたのだ。思わず胸をさすると、鷹使はまた冷蔵庫に視線を向け、昨日の残りのおかずと漬物を出す。 「今日でお前もあらかた回復した。豪鬼が動き出す前に叩くぞ」  そう言ってリビングへ向かった鷹使。今は話してくれなさそうなので、大人しく朝食の準備をした。

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