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第17話

「……なぁ、本当にこっちでいいのか?」  朝食もそこそこにして家を出て、緋嶺たちはある山の中を歩いていた。もうすぐ春とはいえまだまだ寒い。枯れ草と、葉を落とした木々の中をガサガサと進んで行く。  今向かっているのは豪鬼が潜んでいる場所だ。ちなみに、そこへ向かっているのは緋嶺たちだけではなく、天使族の仲間も何人か離れた所にいる。  すると、鷹使は足を止めた。緋嶺は隣に並ぶと、一気に空気が生臭くなる。結界で隠されていたらしい。 「緋嶺」  鷹使は静かに呼んだ。けれど彼は周りの警戒を怠っていない。 「お前は戦闘に慣れていないから、何かあれば逃げることだけを考えろ」  そんな事態にならないようにするが、と鷹使は再び歩き始めた。葉っぱが無いので空が見えるけれど、薄い雲が覆っていて天気は晴れない。  すると、急に血の臭いがした。立ち止まると鷹使も警戒して止まる。  軍隊の行進のような音を立ててやってきたのは、やはり豪鬼だ。数体の鬼も連れて来ている。 「緋嶺を引渡しに来たのか?」 「まさか」  豪鬼の問いに鷹使は答えた。すると、だろうな! と声を上げた豪鬼は鬼たちを鷹使に向かわせた。  それでも鷹使は顔色を変えずに右腕を薙ぎ払う。突風が生まれ、それは鋭い刃となって鬼たちに無数の傷を付け、地面に叩きつけた。 「やはりこの程度では近付く事もできないか。さすが天使族、族長だな!」  そう言って豪鬼は空高く飛び上がる。緋嶺はえ? と鷹使を見るが、彼は静かに豪鬼を見据えていた。 (鷹使が族長? それなら、族長会議で決めたという約束は、鷹使が反故にしたのか?)  下りてきた豪鬼はその勢いを借りて鷹使を叩き潰そうとする。危ない、と思った瞬間鷹使はまた右腕を薙ぎ払い、豪鬼の攻撃を防いだ。しかしお互いの力に弾かれ、二人とも体勢を整えるために後ろへと飛ぶ。 「……それはもうとっくに他のものに譲った」 「どうだか」  豪鬼は鼻を鳴らす。二人とも冷静に相手を見て機会をうかがっていた。 「……一つ聞くが。古い鬼の食べかすを利用して、鬼に反応する結界を張ったのはお前か?」  緋嶺はハッとした。確か大野の息子が食べられた時期と、結界が張られた時期は違うと言っていた。緋嶺を探していると踏んだ鷹使は、それが豪鬼の仕業なのか確認したのだ。 「さあな。……悪魔でもこっちに来てるんじゃないのか? アイツらは人を(たぶら)かすのが趣味だからなぁ!」  豪鬼は再び地面を蹴ると、一瞬にして間合いを詰めた。大きく振りかぶり、鷹使の顔めがけて拳を繰り出す。それを鷹使は両腕をクロスして受ける。  普通に受け止めれば怪我は必死な強さだ。多分何らかの術を使いながら、鷹使は攻撃を防いでいるのだろう、と緋嶺は手に汗を握りながら見守る。 (鷹使……力は互角みたいだけど……っ)  そんな事を考えていると、豪鬼の裏拳が鷹使の腕に当たる。防御が間に合わなかったのか、鷹使はよろけ、その隙に腕を取られて捻りあげられてしまった。  緋嶺が、あっ、と思った瞬間には、無理な方向に曲げられた腕から嫌な音がした。鷹使は大きく顔を顰める。 「鷹使!」  その時、緋嶺の中で誰かが囁いた。  殺セ。コイツヲ喰ラエ。  緋嶺は脳が沸騰する程に身体が熱くなった。地面を蹴ると豪鬼の顔をめがけて拳を叩きつける。 「ぐごぁ……っ!」  一瞬の事で何もできなかった豪鬼はまともに緋嶺の攻撃をくらい、吹き飛ぶ。吹き飛んだ先の木の幹にぶつかったが、その木も折れて倒れた。 「ぐ……っ」  それでも豪鬼は起き上がろうと顔を上げた。しかし緋嶺は奴が動き出す前に更に間合いを詰め、片腕で倍の体重はあるかという豪鬼の身体を、胸ぐらを掴んで持ち上げる。 「ぃぎぃぁあああ!!」  豪鬼は鬼らしく汚い悲鳴を上げる。緋嶺がその太い首に歯を立て、皮膚と血管を食いちぎったのだ。緋嶺は口に入った肉塊を吐き出すと、噴き出す血を(すす)る。 「ああ……美味いな」  緋嶺は更に太い腕に噛み付いた。弾力のある肉に、自分の歯が刺さっていく感触に何とも言えない悦びを感じ、口の中いっぱいにそれを頬張る。そして何回か咀嚼したあと飲み込むと、掴んでいた豪鬼が呆気なく絶命している事に気が付いた。 「……ふん」  緋嶺はただの肉塊となった豪鬼を捨てる。すると視界の端で動くものがあった。そちらを見ると、豪鬼とは正反対の印象の、美しい男がいる。彼はだらんとした右腕を左手で支え、額には汗が玉のように浮かんでいた。  そしてまた、緋嶺の中の誰かが囁く。コイツを喰らえ、と。 「緋嶺……」  男は掠れた声で言った。アカネ? それは自分の名だろうか?  緋嶺は鷹使のそばまで来る。少し背の高い彼は、鋭い目で緋嶺を見ていた。その息は弾んでいる。 「……痛いか?」 「……っ!」  緋嶺は鷹使の右腕を掴んで動かした。途端に彼の顔が苦痛に歪み、それが面白くて笑う。怪我をしたのか彼の手には血が滴っていて、緋嶺は躊躇わずそれを舐めた。 「緋嶺、正気に戻れ……っ」  鷹使の言葉を無視して彼の血を飲み込むと、強い酒を飲んだかのように顔が熱くなった。喉を通る熱いそれにほう、とため息をつくと、強い鉄の匂いが鼻に抜け、それがとてつもなく気持ち良かった。 「ああ、こっちの方が断然美味い……」  こんなに美味いなら、もっと早くこうすれば良かった。  緋嶺はその手を噛む。小さく声を上げた鷹使は、緋嶺の髪を引っ張った。口が手から離れると、手の代わりのように、唇を重ねてくる。  びくん、と緋嶺の身体が跳ねた。  口内で甘い蜜の味が充満し、それを夢中で貪る。鷹使の舌が入り込んでくるとそれは一層甘さを増し、頭がクラクラした。 「……すごいな」  唇を離した鷹使は呟いた。ボーッとしていた緋嶺は、鷹使に軽くキスをされてようやく、自分が正気になった事に気付いた。 「え、あ、……俺……」 「黙れ」  鷹使は怒ったように言うと、緋嶺を近くの木に押さえつけ、再びキスをする。そして鷹使の両手は緋嶺の服の中に潜り込み、肌を滑らせて胸の突起を弾く。 「んっ、ちょ、こんな所で……っ、てか腕!」  怪我をして折れていたはずなのに、鷹使は今両手で緋嶺の両胸を弄っていた。どうして、と目を丸くしていると、鷹使は緋嶺の唇を甘噛みする。 「今の一瞬で回復した。おかげで余計な力までもらったから、お礼に返してやる」 「い、いいっ、そんなの要らん!」  しかし鷹使はそんな緋嶺の口を塞ぐかのように、キスをした。その間も愛撫は止まらず、与えられる刺激に緋嶺はヒクヒクと身体が震えてしまう。  しかし性急な鷹使の行為は緋嶺を熱くした。鷹使に触れられると性的興奮が起こるのは、実は鷹使も同じだったらしい。 「遠慮するな。かなり相性が良いようだし、お前、俺の事が好きだろう?」 「はぁ!? 何言ってんだよ……っ、ちょっ……、んん……っ」  緋嶺は股間と乳首を同時に触れられ身体をビクつかせた。待てないとでも言うように鷹使は乱暴に緋嶺のズボンと下着を脱がせ、身体を後ろ向きにされる。 「嘘、だろ……っ? あんた本気かっ?」 「冗談でできると思うか?」  鷹使の声が掠れていた。緋嶺はどうしようもなく恥ずかしくなり、木の幹に額を当てる。興奮している鷹使を見て、ゾクゾクしてしまった自分を認めたくない。 「うう……っ」  後ろから、気温の低さをものともしない、熱く滾ったものが入ってくる。こんな山の中で、こんな事をして、と考えたら、今すぐ穴を掘って埋まりたい程だ。 「緋嶺……」 「あぅ……っ、や、いやだ……っ」  鷹使が動いた。揺さぶる程度なのに緋嶺はゾクゾクと背中を震わせ、下半身に熱が溜まるのが分かる。  すると鷹使は緋嶺の身体をギュッと抱きしめ、その状態で後ろを突いてきた。鷹使の荒い息遣いが耳元で聞こえて、後ろへの刺激と相まって、緋嶺は耐えられずに身体をガクガクと震わせ絶頂してしまう。 「あっ、たか、……鷹使っ、嫌だ、こんな……っ」  困った事に一度絶頂してしまったら止まらなくなってしまった。苦しいほどの快感に歯を食いしばって耐えていると、鷹使は笑う。 「お前は、本当に……」  可愛い。可愛くてたまらない、とそんな声がした。

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