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第29話
気が付くと、隣に鷹使はいなかった。どこ行った? と視線を巡らせると、磨りガラスの向こうに彼らしき人影がある。
「……分かった。丁重におもてなししろ」
そんな声がして、緋嶺は起き上がる。すると気配を察したのか、鷹使が寝室に入ってきた。
「緋嶺、起きたか。客人が来る、支度しろ」
「え? ああ、うん。……ってか、今の誰?」
確か仲間はもう縁を切ると宣言したはず、と思っていると、鷹使は苦笑する。
「コハクだ。お前がセナに眠らされた時、なりふり構っていられず助けを求めた」
つまりは、コハクたちはまた鷹使の味方になってくれているということだ。
しかし客人とは誰だろう? と緋嶺は首を傾げる。コハクなら客人とは言わないだろうし、と思っていると、インターホンが鳴る。
「……来た。お前は顔くらい洗ってから来い」
緋嶺は了解、と立ち上がる。鷹使は長い足で玄関に向かって行った。
緋嶺が顔を洗い終えると、客人はリビングではなく、まだ玄関にいた。いや、いたというか、強制的に玄関に跪 かされていた。コハクが客人の腕を、後ろでまとめて掴んでいる。
「セナ?」
「あ、緋嶺~」
元気そうで良かった、と笑うセナに、お前が言うか、と鷹使は彼を睨む。
「……で? 俺たちの味方になるとは、一体どういう風の吹き回しだ?」
「どうもこうも、言葉のまんまだってぇ。僕、緋嶺のこと気に入っちゃったから」
「は?」
緋嶺が声を上げるのと同時に、鷹使の眉間の皺が一層深くなった。
「はいそうですか、と言うわけないだろう。お前は悪魔だ、寝首を搔かれる羽目になるだろうからな」
「だからー、そこはもう信じてよぉ。何なら僕の本名教えてもいい」
それなら契約として緋嶺に仕えることになるから、と言うセナ。緋嶺はどういう事だと鷹使を見る。
「……悪魔は自由に姿を変えられると言っただろ? 人を懐柔するのに必要な技だ。だから本当の姿と本名は知られると不利になるから、決して明かさない」
「そうっ。それに、悪魔は欲しいものを手に入れる為なら、手段を選ばないから」
ニッコリ笑って言うセナは、本当に悪びれていない。この変わり身の早さには呆れた。
「質問だが、お前は族長か?」
鷹使がそう聞くと、セナはつーん、とそっぽを向く。
「お前の質問にはもう答えない。緋嶺になら教える」
「……だそうだ、緋嶺」
どうやら気に入られてしまったらしい。何故なのかは分からないけれど、味方が増えるなら良しとしよう。
「セナ。君の本名教えてくれ」
すると彼は口を動かした。音は出ていないはずだったのに、彼の声が口の動きに合わせて聞こえる。
僕の名前はビトルだ、と。
セナは笑った。いつか本当の姿も見せてあげたいなぁ、と言う。
「緋嶺、聞こえたか?」
「ああ、うん。……で、君は族長なのか?」
「まぁね~。って言っても、最近の悪魔は面倒くさがりでさぁ」
真面目に人間を誑 かしているのは、僕くらいだよ、と苦笑した。
「お前が襲ったのは鬼だし、男ばかりだろう」
「陰険束縛男は黙ってて」
セナは鷹使を睨む。緋嶺はセナの陰険束縛男と言うワードが、的を射ていると思って噴き出した。しかし今度は緋嶺が鷹使に睨まれて、黙る羽目になる。
「とにかく、僕は緋嶺に死なれちゃ困るから緋嶺を護る。で、陰険野郎から緋嶺を奪う」
「やれるものならやってみろ」
緋嶺を巡って火花を散らす二人をよそに、今まで黙っていたコハクは帰っていいですか、と呆れ顔だ。
「とにかく、コイツが本当に悪魔の族長なら、緋嶺に手出しするなと言えるだろう」
鷹使はため息をつくと、コイツ、の所で強調し、嫌味っぽく言う。何だか子供っぽい鷹使に、緋嶺は笑ってしまった。
「緋嶺は殺さないけど、お前は別だ」
むしろ死んでくれた方が良い、とセナは言うので、それはダメだ、と緋嶺は釘を刺す。すぐに頬を膨らませたセナは大人しく分かったと言ったが、またどうして急に、味方になる気になったのだろう?
「んー? 僕、男を相手にしてた方が良いんだよねぇ」
緋嶺が理由を聞いたら、そんな答えが帰ってきた。それが何の関係があるのかと思うけれど、この話は終わり、と言っているので、今は聞いても答えてくれそうにない。
するとコハクが、話がまとまったようなので行きますね、とセナを解放して去って行く。セナは押さえられていた腕をさすって、天使はみんな陰険だよねー、と舌を出していた。
「じゃ、僕も今日からここにお世話に……」
「何を言っている。お前はここ以外の寝床を探せ」
当たり前のように家に上がろうとしたセナは、鷹使に止められる。案の定口を尖らせると、分かったよー、と舌を出して外へ出て行った。
セナがいなくなってしんとした空気が戻ってくると、鷹使が緋嶺を睨んでいた。
「一体アイツに何をしたんだ? 夢の中で相当良い思いをさせたようだな?」
ジリジリと寄ってくる鷹使の剣幕に押され、緋嶺は後ずさりする。
「え、いや……」
普通に鷹使の姿をしたセナに、襲われていただけだと言うと、鷹使の眉間に皺が寄った。何かまずいことを言ったかな、と思っていると、なるほどな、と鷹使は納得している。
「淫魔は夢の中で理想の相手の姿になると聞く。……つまりは……そういう事だな?」
「……」
緋嶺はカッと頬が熱くなって視線を逸らした。鷹使はクスクスと機嫌が良さそうに笑って、緋嶺の唇にキスをする。
「お前は本当に可愛い奴だな」
「え? ……は?」
単純にもそれだけでご機嫌になった鷹使は、緋嶺の腕を取り寝室に行こうとした。緋嶺は抵抗するも、鷹使に術をかけられ身動きが取れなくなり、ズルズルと引っ張られていく。
「鷹使! 俺もう無理だから!」
緋嶺の抵抗が無駄に終わったことは、言うまでもない。
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