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第30話

 セナが仲間になったものの、緋嶺の立場は不利なままだ。ひょっとすると、本当にジリ貧になり命を落とすことになりかねないので、緋嶺と鷹使とセナの三人で、今後のことを話し合うことにした。 「え? そんなの、片っ端から殺せばいいじゃん」  ちゃぶ台を囲み、鬼まんじゅうと緑茶を口にしながら、セナは明るい口調で物騒なことを言う。 「それだと現状は変わらない。指輪を何とかしないと」  緋嶺は途端に頬を膨らませたセナを見て、苦笑した。  指輪は緋嶺の臓器──しかも前立腺に癒着する形で隠されているらしい。何でまたそんな所に父親の緋月は隠したのか、と思うけれど、確認する術はない。 「五大勢力さえ叩けば良いんじゃないの?」  五大勢力? と緋嶺は尋ねた。鷹使が説明してくれる。 「鬼、天使、悪魔、麒麟、龍が強い勢力となっている」  麒麟以外は個体数も多いようで、それをまとめる長となれば、必然的に強い者となるだろう。後は少数部族で力も弱いので、龍の言いなりか、迎合しているだけだと言う。  何だかよく分からないけれど、人ならざる者の間でも、色々な思惑や力関係があるようだ、と緋嶺はため息をついた。 「龍のロンさんかぁ。僕あまり会いたくないんだよねぇ」 「お前がいつも怒らせてるからだろう」  そんな事ないよ、とセナはブスくれた顔をした。緋嶺はちょっと興味が湧いて、何をしたんだ? と聞くと、んー? とセナは背伸びをした。 「あの人堅物だからさぁ、ちょっとは遊ぼうよって誘っただけだよ?」  こうやって、とセナは緋嶺の隣りに座り、胸をつん、と人差し指でつついた。それが正確に緋嶺の乳首を当てたので、ゾワッとして思わず胸を隠す。 「何するんだ、そりゃ怒られるだろ!」 「あはは! 僕は淫魔だから、乳首の場所くらい当てられるよっ」  声を上げて笑うセナは、緋嶺って敏感だよねーと更にちょっかいを出そうとした。すると、突然セナにお茶が掛けられる。 「うわっ、あっつ! ……ちょっと! 何でお茶掛けるの!?」  セナは犯人である鷹使を睨む。鷹使は静かに湯呑みをちゃぶ台に置くと、理由が分からないなら帰れ、と言った。その言葉に、緋嶺はまた始まったよ、と内心呆れる。  鷹使は嫉妬深い。天使は家族単位で群れて行動するから、よそ者を嫌う傾向があると、彼から聞いた。一応緋嶺と鷹使は甥と伯父で……。 (こ、恋仲って言ってもいいのか?)  そこまで思って緋嶺は顔を赤くした。これが人間なら禁断の愛とか言って、小説にもなりそうだけど、と緋嶺は思う。けれど自分は鬼、しかも天使とのハーフで、鷹使は天使だ。 「……」  その辺りを考えていると、いつも訳がわからなくなるので、結局は好きなんだからいっか、となる。 「嫉妬とかみっともないよ? ねぇ緋嶺?」  考え事をしていたところに不意に話し掛けられ、緋嶺は上の空でうん、と返事をしてしまった。途端に緋嶺を睨んだ鷹使に気付き、慌てて撤回する。 「ごめん、考え事してただけっ。ってか、お茶もったいないし、その辺ベタベタじゃないか」 「そんなの、コイツにやらせろ」  コイツ、のところでセナを睨んだ鷹使。お茶を掛けておいてそれは無いだろう、と彼の子供っぽさに緋嶺は呆れた。 「鷹使、手を出したのはお前だぞ」  すると、鷹使はまだわぁわぁと騒ぐセナの腕を掴み、部屋の外へ連れて行く。緋嶺は座ったままその行方を追っていると、どうやら外へ連れ出して来たらしい、一人で戻って来た。そして無言で台拭きを使って濡れた箇所を拭き始める。 「なぁ」  緋嶺は鷹使を諭すように言った。 「もうちょっと穏やかにできないのか? これじゃあどっちが鬼だか分からないじゃないか」 「……」  拭き終えた鷹使は台拭きをちゃぶ台に投げ置くと、緋嶺の隣に来て座り、緋嶺の肩を抱く。不意打ちの甘い仕草に戸惑った緋嶺は、なんだよ、と小さな声で呟く。 「……指輪は、破壊した方が良いだろう」  仕草とは違い、真面目な話で緋嶺は少し残念に思った。そんな自分を恥ずかしく思いながら、疑問を口にする。 「どうやって破壊するんだ? 俺の身体からまずは取り出すとか?」 「……そうだな」  そう言って、鷹使は緋嶺の下腹部を撫でる。いつもはそこを撫でられると、緋嶺の意志とは関係なく身体が熱くなるのに、今は鷹使に触れられている以外何も感じない。 「……方法を知っていそうな奴に、心当たりが無い訳でもない」 「え? じゃあ……」  思わず鷹使の方を見た緋嶺は、続きの言葉を言うことができなかった。鷹使の唇が緋嶺のそれを塞ぎ、軽く吸われる。  それをきっかけに、鷹使は角度を変えて緋嶺に口付けてきた。同時に肩に回った手が緋嶺の耳に触れ、くすぐられる。ひくりと肩を震わせた緋嶺は、鷹使に体重を掛けられ床に倒れ込んでしまった。 「たか……、ん……」  名前を呼ぼうとした唇を再びキスで塞がれ、緋嶺は違和感を覚える。いつもなら鷹使は何かしらの術で、緋嶺の性感を一気に高めるのに、今は何もしてこないのだ。 (今度コントロール無しでやるかって言ってたけど、今がそれなのか?)  緋嶺は鷹使の唇を受け入れながらそんな事を思っていると、鷹使の手が服の中に入ってきた。 「たか、鷹使。……するのか?」  話は? と聞くとそんなの後だ、と返ってきてまた口付けされる。何だかそっち方面へ流されてばかりだな、と思っていると、鷹使が眉間に皺を寄せていた。 「……なに?」 「何、じゃない。考え事するとはいい度胸だな」 「……だって、俺ら、……その、……してばっかじゃん」 「当たり前だ。二十年越しの初恋が叶ったんだ」  短いようで長かった、と鷹使に言われ、緋嶺はその言葉を飲み込むのに時間がかかる。 (ん? 二十年越し? 初恋?)  緋嶺は考えた。自分は今二十歳だ。という事は、鷹使は緋嶺が産まれた頃から緋嶺の事を……。  そこまで考えて、緋嶺はカーッと全身が熱くなった。いくらなんでも、赤ん坊の自分に恋をするなんて、と慌てる。 「おま……赤ん坊の俺にそんな事を思ってたのか……っ」 「言ったろう、お前は何がなんでも殺させやしないと」 「……にしてもさぁ!」 「だから、緋月がお前と行方を眩ませた時、本当に気が気じゃなかった」  だからコハクに族長の座を譲ってまで、自ら探しに出た、と鷹使は淡々と言う。緋嶺は呆れてため息をつくと、彼氏の肩に両腕を回した。 「……もう。アンタが俺の事、大好きだって事はよく分かった」 「……それは光栄だな」  鷹使は口の端を上げると、そっと緋嶺に口付けた。

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