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第31話

「納得いかないんだけど!」  次の日、凝りもせず緋嶺に会いに来たと言って抱きついたセナは、指輪は破壊すると言った緋嶺に食い下がった。  セナの反応は予想の範疇だが、このまま命を狙われるのは精神衛生上もよろしくない。 「そうは言ってもセナ、いつまでも返り討ちできるとは限らないし、恨みを買えば、それがまた連鎖するだけだ」  俺が死なない限り終わらない、それは嫌だと緋嶺は言うと、セナは渋々といった感じで大人しくなった。鷹使はセナが離れるまで、珍しく黙っている。 「鷹使が指輪を取り出す方法に、心当たりがあるんだって」  緋嶺がそう言うと、鷹使は頷いてその後を継いだ。 「麒麟の索冥(さくめい)だ」 「索冥だぁ?」  するとセナは明らかにバカにしたような態度になった。緋嶺は初めて聞くその名に、麒麟の族長なのか? と鷹使に尋ねると、彼は、ああ、と首肯する。 「あんな弱っちい奴に尋ねるとか、僕は嫌だけど」 「お前の意見は聞いていない」 「何だって?」  また鷹使とセナの言い合いに発展しそうだったので、緋嶺は慌てて間に入った。この二人は隙あらばこうなるので、緋嶺も気が気じゃない。おかしいな、俺の話をしているはずなのに、と苦笑する。 「でも弱っちいって? 確か五大勢力のうちの一つなんだろ?」 「そうだね! 緋嶺を見たら、それだけで卒倒して死んじゃうかも」  そう言って笑うセナに、そんな大袈裟な、と緋嶺が言うと、鷹使は大袈裟じゃない、と苦笑した。  鷹使によると麒麟は水の浄化と治癒に長けた部族で、人間しか治療できないという。それなのに病弱で寿命も短く、数も少ないらしい。 「じゃあ、何で五大勢力になれたんだ?」 「治癒の力は本物だからな。だが……」 「徹底的に事なかれ主義なんだよねぇ」  鷹使とセナの言葉に緋嶺は納得する。族長会議でも我関せずで、緋嶺の事も勝手に決めてくれというスタンスだったという。だから相談しても、相手にしてくれないかもしれない、という事だ。 「でも、当たってみる価値はある」  セナは鷹使の言葉に、しょうがないかぁ、と頬杖をついた。彼としても緋嶺が死ぬことだけは避けたいようだ。 「でもさぁ、今更だけど……俺に殺す程の価値はあるのか?」  緋嶺はそもそもの疑問を口にした。すると鷹使もセナも黙る。その沈黙は何だ、と二人を交互に見ると、鷹使とセナは顔を見合わせた。 「緋嶺……豪鬼を殺した上に、天使と悪魔の族長を従えてるんだよ? そりゃみんな警戒するでしょ」 「え?」  セナの言葉に緋嶺は意外に思って聞き返す。豪鬼も鬼の族長だ。これで五大勢力のうち三つを牛耳ってる事になるな、と鷹使は言う。意味が分からず呆然としていると、鷹使は更に説明してくれた。 「いくら人ならざる者が好戦的と言えども、負け戦に首を突っ込みたがる奴はいない」 「じゃあ今のままで平和になるじゃん?」 「……みんな、自分の部族が全滅させられるのを避けたいんだ。言ったろう、お前の暴走が怖いんだ」 「……」  そんなの、鷹使との【(ちぎり)】で安定しているから良いのでは? と思うけれど鷹使はそれ以降黙ってしまった。セナも苦笑している。 「緋嶺が指輪を使って、死ねと言えばみんな従っちゃうんだよ」  でも緋嶺はそんな事言わなそうだから、僕は本名を教えたんだけどね、とセナは言った。緋嶺を知らない奴からしたら怖いわけ、と付け足す。 「豪鬼も決して弱くないんだよ? 呆気なく倒したって聞いて驚いた」  緋嶺はその時の事を思い出す。自分の中で声がして、コイツを殺せと思っていた。でも豪鬼を倒した後、自分は誰に向かって行ったかに気付いて、寒気がする。  もし暴走して、今度こそ鷹使に手を掛けてしまったら──。 「……緋嶺、落ち着け」  不意に鷹使に頭を撫でられ、緋嶺はハッとした。でも、自分の存在意義は何だ、と考えてしまうのだ。  確かに望まれて産まれてきたと思う。けれど、家族以外はそれを望んでいない。自分は生きていて良いのか、と。 「ま、一番の問題は堅物のロンさんだろうけどね」  豪鬼が倒され、セナも緋嶺に付いたと知れば、彼もどう動くか分からない、とセナは言う。 「……とりあえず、索冥を探すのが先だ」  鷹使はすぐにスマホで電話を掛け、コハクに索冥の捜索を指示した。 「じゃあ僕は緋嶺とイイコトしよっかな」  鷹使が電話をしているのを良いことに、セナがすすす、と寄ってきた。鷹使は電話をしながらこちらを睨んでいる。 「あのさぁセナ、何で急に俺の味方になってくれたんだ?」  緋嶺は近寄らせまいと、質問をする事にした。どの道あとで鷹使に色々言われるけれど、黙ってされるがままになる訳にはいかない。 「言ったじゃん、緋嶺の事が気に入ったって。それじゃダメなの?」 「ダメじゃないけど、何で気に入ったのか、きっかけが見当もつかないから」  緋嶺はそう言うと、セナはふふふ、と笑う。じゃあ、緋嶺の何気ない一言で気が変わったって事にしといて、と彼は言った。ますます意味が分からなくなり、頭を搔く。 「おい、離れろ」  通話が終わった鷹使が、早速セナに絡んできた。この嫉妬深さは何とかならないかな、と緋嶺は苦笑すると、セナはそんなにくっついてないでしょー? と文句を言っている。 「なぁに? そんなに僕が緋嶺に触るのが気に食わない?」 「当たり前だ」  鷹使は何の臆面もなく言い放ち、またいつものようにケンカが始まる。緋嶺はしばらく放っておいたけれど、そのうちうるさくなってきたので声を上げた。 「お前ら、うるさい!」  すると、二人ともグッと息を詰めて口を噤む。あまりに息の揃った行動だったので、思わず笑った。 「こういう時は息が合うんだな」  しかし緋嶺の笑顔に対して二人は、お互い顔を見合わせて真剣な顔をしている。どうした? と聞くと、鷹使が今の、自覚は無いのか? と眉を寄せた。 「は? 自覚って?」 「僕たち、今のは黙りたくて黙った訳じゃない。つまり……」  緋嶺の声に従わざるを得なかった、と鷹使も頷いた。緋嶺はドキリとする。  という事は今の一瞬、緋嶺は指輪を使ったらしい。自覚も無く使えるなんて、と緋嶺は少し寒気がして身を震わせた。 「まずいな……」  鷹使が呟く。 「緋嶺が指輪を使えると知ったら、ますます風当たりが強くなる。その前に何とかしないと」 前途多難だな、と緋嶺はため息をついた。

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