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第32話
鷹使に索冥 の居場所が見つかったと連絡が入ったのは、それから二、三日後の事だった。何という偶然か同じ県内にいたらしく、鷹使の車でセナと三人で向かう。
やはり山ばかりの風景に欠伸を噛み殺した頃、鷹使は道路に車を停めた。
「どうしたんだ?」
「……コハクからこの辺りだと聞いたんだが。どうやら気付かれたようだ」
本来ならこの道路から、脇道に行くらしいけれど、その脇道が見つからないと鷹使は言う。よく探すために車を降りると、川の音が聞こえた。
緋嶺は何となくその音がする方向へ歩く。道路から一歩、足を踏み外すと、一気に辺りの景色が変わって道路が見えた。どうやら結界が破れたらしい。
「緋嶺、お手柄だ」
目の前に道が開けて、鷹使は車に戻る。セナは何故か黙ったまま鷹使を見ていた。
「セナ、どうした?」
「ん? べっつにー?」
そう言って彼も車に戻る。そう言えば、今日はやけに大人しいな、と緋嶺は違和感を持った。しかし今は聞いても答えてくれそうにないので、緋嶺も急いで車に戻る。
そして、改めて緋嶺が見つけた脇道に入ると、ひっそりと二階建ての一軒家が建っていた。鷹使の家と同じように古い家で、しかし庭はそれ程広くなく、車一台がやっと停められる位の広さだ。周りは木に囲まれており、結界なんて使わなくても、こんなところには誰も入りたがらないだろう、と思う。
緋嶺たちは車を降りると、早速磨りガラスが嵌め込んである玄関扉の前に立ち、インターホンを押す。
「……」
しかし家主は一向に出てくる気配がない。
緋嶺はすぅっと息を吸った。
「おい索冥! いるのは分かってんだぞ!」
「……緋嶺。取り立て屋じゃないんだから」
セナが小声でツッコミを入れる。すると、磨りガラスの向こうに人影が見えた。
「だ、誰ですかあなた達は……っ、帰ってくださいっ」
扉越しにそんな声が聞こえる。その声は心底怯えていて、事なかれ主義だという頼りなさがハッキリ出ていた。
「良いからとりあえず顔を見せろ」
分かってるだろ、と緋嶺が言うと扉の鍵が開き、ガラガラと音を立て、ゆっくりと扉が開いた。そしてその隙間から索冥がそろそろと顔を覗かせる。
その顔は病的な程白く、髪も白髪で、ついでに言うと瞳の色も薄かった。怯えたような表情をしているが、間違いなく綺麗と評されるだろう整った顔をしている。男性のようだが、鷹使やセナのせいで性への概念が崩れつつある緋嶺は、どっちでもいいか、と思った。
「白麒麟の索冥だ」
鷹使がボソリと言った。ああなるほど、だから全体的に色素が薄いのか、と緋嶺は納得する。背は鷹使と同じくらいだが、索冥は随分と細い印象だ。
「あなたはヒスイさん……? 何ですか? 僕は関わりたくないですよ?」
「索冥、俺の中の指輪を取る方法、知らないか?」
思った通りの事を言う索冥を無視して、緋嶺は質問をする。すると緋嶺の正体に気付いたらしい彼は、再び慌てだした。
「し、知らないです! 何なんですかいきなり! 僕は人間は治せますけど、それ以外は専門外ですから!」
「そんな事は百も承知だよ。俺は世界を破壊したい訳じゃないんだ、どうやったら生命を狙われずに済むかを考えてる」
「索冥、俺からも頼む。コイツに罪はないんだ」
緋嶺と鷹使が頭を下げる。けれど索冥は首を横に振るだけだ。
「い、嫌ですっ。関わったらろくな事にならないっ。僕だって、短い寿命を穏やかに過ごしたいだけだっ」
そう言って索冥は扉を閉めてしまった。そしてガチャ、と鍵を掛けられる。
「おい索冥! お前も穏やかに過ごしたいなら、ちょっとは協力しろっ!」
緋嶺はドアに向かって叫ぶけれど、返ってきたのは静寂だけだった。事なかれ主義だとは聞いていたが、彼は現状維持を望むようだ。取り付く島もない。
「予想通りだねぇ」
セナがそう言って回れ右をする。緋嶺がどこへ行くんだ、と言うと、セナは振り返りながら口の端だけを上げて笑った。
「僕は緋嶺さえ無事ならそれで良いんだよ」
緋嶺はその笑みに嫌な予感がすると、後ろで衣擦れの音がした。振り向くと鷹使が膝を付いてうずくまっている。
「鷹使っ? どうしたっ?」
慌てて鷹使のそばに緋嶺も座って彼の顔を覗き込むと、鷹使は血の気が引いたような顔をして目を閉じていた。
「セナ、お前が何かしたのかっ?」
「まさか。そうだとしたら、緋嶺は本能で僕を攻撃してるでしょ?」
緋嶺は意味深なセナの態度にイライラしながら、鷹使の身体を支える。すると彼は一気に体重を掛けてきた。呼びかけるも反応は無い、どうやら気を失ってしまったようだ。
「ちょっ……鷹使!?」
するとセナは関係ないとでも言うように足を進める。緋嶺は呼び止めると、彼は少し悲しそうな顔でまた振り向いた。
「……どっちか選びなよ緋嶺。僕の主人は君だ、君の決めた事なら受け入れる」
「はぁ? 何言ってんだ? って、おい!」
緋嶺には理解できないことを言って、セナはまた歩みを進める。いくら緋嶺が呼んでも振り向かず、そのまま見えなくなるまで遠くへ行ってしまった。
呆然としていた緋嶺はハッとして、とりあえず鷹使を何とかしなきゃ、と考える。けれど、何が原因でこうなっているのか、検討もつかない。
緋嶺はすぅっと大きく息を吸った。
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