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第33話

 緋嶺はすぅっと大きく息を吸うと、ありったけの声で叫んだ。 「索冥!! 助けてくれ!!」  緋嶺は鷹使を肩に担ぐと、扉の磨りガラスを割らないように激しく叩く。 「なぁ!! 鷹使……ヒスイが大変なんだ!! 手を貸してくれ!!」  叫んでいたら目頭が熱くなった。でも泣いている場合じゃない。鷹使はもしかしたら、死んでしまうかもしれないからだ、なりふりかまっていられない。 「ヒスイが突然倒れたんだ! 様子だけでも見てくれよ、頼む!」  しかしそれでも、索冥の反応はない。緋嶺はぐす、と鼻をすする。 「お願いだ……俺っ、……この人がいないと……っ」  ずっと俺を助けてくれたんだ、と磨りガラスに手を当てる。俺じゃどうしたら良いのか分からない。索冥に頼るのは違うかもしれないけれど、ヒスイを死なせたくない、と訴える。  すると、磨りガラスの向こうに人影がまた現れた。 「……ヒスイを助けるだけだから。終わったら帰って」  扉越しに索冥の声がする。そしてガチャ、と鍵が開けられた。緋嶺はすぐに扉を開けると、索冥は困ったような顔をしている。 「鬼が泣くなんて初めて見たよ」  こっち、と索冥は奥へと案内してくれる。十畳程のリビングには整体院にあるような施術用らしきベッドがあり、タオルやオイルなどもそばに整頓されて置いてあった。 「ここに寝かせて。……本当に専門外だから期待しないでよ?」  僕は人間しか癒せないんだから、と彼は言う。緋嶺は言う通り鷹使をベッドに寝かせると、索冥は鷹使の手を取った。そして手のひらを数回揉むと、緋嶺を振り返える。しかしすぐに視線を逸らし、なぜか顔を赤らめた。色が白い分それはすぐに分かり、緋嶺はどうしてだろう? と首を傾げる。 「……【(ちぎり)】をしたんだね」  索冥にそう言われ、緋嶺は反射的に肯定した。その後で彼が赤面した理由が分かって、緋嶺も頬が熱くなる。 「……原因は君。ちょっと手、出して」 「え? 俺?」  どうして緋嶺が原因なのだろう? 言われるがまま手を出してみると、索冥の白くて細い手と握手するような形になる。  すると、緋嶺の後ろでバツン、と何かが切れる音と衝撃がして、思わず振り返る。しかし何の変化もなく戸惑っていると、索冥はヒスイを担いで、と言って手を離した。 「君の力が溢れそうになっているのを、ヒスイが止めてた。無理してたんだね。……今切ったから」  こっち、と索冥は歩き出す。緋嶺は慌てて鷹使を担いでついて行くと、二階の部屋に案内された。  そこは六畳程の和室で、家具も一切ないがらんとした部屋だった。索冥は押し入れから布団を取り出し、そこに鷹使を寝かせるように言う。 「繋がるまでここから出ないで。……音は、聞こえないようにしておくから」  索冥は少し顔を赤らめてドアを閉めて行った。緋嶺は彼の繋がるまで、という言葉に、【契】のことを指しているのか、とまた顔が熱くなる。どうやら、先程した音と衝撃は【契】が外れたかららしい。しかもご丁寧に布団と音が漏れない環境を用意してくれた。緋嶺はいたたまれなくなってくる。  しかし、せっかく索冥に手助けしてもらったんだ、言う通りにしよう、と思っていたら少し身体が疼いた。そう言えば、最近やたらと緋嶺の身体に触れては、繋がろうとしてくるなと思っていたら、どうやら原因は自分だったらしい、と気付かなかった事を反省する。  緋嶺は微動だにしない鷹使をそばで見つめる。真顔でいると冷たい印象のある彼だけれど、寝ているとその印象は更に強くなる。  緋嶺は鷹使にそっと口付けた。  鷹使が見た目通りに冷たい奴じゃない、というのは十分知っている。皮肉を言ったり人をからかったりするけれど、緋嶺がピンチだと必ず助けてくれる。  そこに愛があると知ってしまった。  キュッと胸が締め付けられる。苦しいけれど、温かいそれは、緋嶺の力となって唇を通して鷹使に流れ込んでいった。 「鷹使……」  緋嶺が呼ぶと、鷹使の腕が動いて首に回った。ハッとして彼を見ると、まだ顔色が悪いものの、彼の琥珀色の瞳がこちらを見ていて、酷く安心する。目頭が熱くなって目を袖で拭うと、鷹使は柔らかく微笑んだ。 「……続き、しないのか?」 「……っ」  緋嶺は鷹使を抱きしめた。感情をぶつけるように口付けをすると、いつかと同じように濃厚な、蜜のような味がする。 「鷹使……っ、心配した……」 「……悪い。ここのところ、お前の力が急に増えたから、対応が追いつかなかった……」  何でまた急に、と緋嶺が思っていると、原因は分からないが、と鷹使は教えてくれる。指輪を一瞬使えたのも、それが原因らしい。 「もしかしたら……指輪がその位置にあることによって、お前の力を抑える役目もあるのかもしれないな」  でもそんな事より、と鷹使は緋嶺を引き寄せた。

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