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第35話

 二人の気が済んで起き上がるとドアがノックされた。そして索冥(さくめい)の声がする。 「シャワー使う? 階段下りてUターンした先にあるから」  それが終わったら帰って、とドア越しに言う彼は、極力緋嶺たちに関わりたくないようだ。しかしタイミングの良さに、緋嶺は、実は聞こえてたんじゃないか、と気が気じゃない。 「ああ、すまない。迷惑かけたな」 「……」  鷹使が詫びると、索冥はなぜか黙った。どうした? と鷹使が尋ねると、遠慮がちな声がする。 「……二人はどうするつもりなの?」  帰ってと言った割には気になっているようだ、緋嶺は鷹使と顔を見合わせると、鷹使が答えてくれる。 「指輪を取り出す方法を探って、破壊できないかと思っている」 「……世界を牛耳ろうとは思わないの?」  索冥は心底不思議そうな声色だ。多分、人ならざるものの考えでは、少数派らしい。しかし緋嶺は長年人間界で生きてきたので、そのやり方は性にあわない。 「俺は興味無いね。力でねじ伏せたって、反発が起こるだけだし」  緋嶺は思ったことをそのまま言うと、索冥は驚いたようだ。まるで、争い事を好まない鬼なんて、初めて見たと言わんばかりに。 「……だからお前を訪ねた。でも迷惑なら……」 「みっ、診るだけなら、やってあげなくもないよ……」  鷹使がそう言うと、索冥は慌てたように口を開く。どういった風の吹き回しか、索冥はどうやら協力してくれる雰囲気だ。 「大体、ただでさえ不確定要素が多い混血なんだ。無理やり指輪を取り出したら、何が起こるか分からない……」  それと、となおも喋り続ける索冥。緋嶺はもう話を聞いていなかったが、彼が協力してくれそうで安堵した。 「……と、言うわけでやっぱり僕が診た方がいい。タオルはここに置いておくから、終わったらリビングに来て」  一人で喋るだけ喋ると、索冥は階下に下りたようだ。緋嶺はホッとため息をつくと、鷹使も同じくため息をついていた。 「どういう風の吹き回しだ? いきなり協力的になったぞ?」 「……シャワー借りるか」  緋嶺の疑問に鷹使は答えず立ち上がる。そう言えばセナも様子がおかしかった。緋嶺は説明された通りにあった浴室に入ると、鷹使にセナの事を話す。倒れた鷹使を放ってどこかに行ってしまったこと、どっちか選べと言っていたことを説明しているうちに、鷹使はどんどん眉間に皺を寄せていく。 「緋嶺と契約させておいて正解だったな」  シャワーを浴びながらそんな事を言う鷹使。どうしてと聞くと、契約をしていなければ、俺が倒れた時点で緋嶺を拉致するだろう、と返ってきた。確かに、セナというか、悪魔のやりそうなことだ、と納得し、本名を聞いておいて良かったと思う。とりあえず、真意はまた彼に会えた時に聞いてみよう、と緋嶺は思った。  シャワーを済ませてリビングへ行くと、索冥がお茶を用意してくれたところだった。さっきといい、タイミングが良いので、もしかしたら予知能力でもあるのかと思うほどだ。 「座って」  静かに言う索冥は、初対面の時の慌てようとは全然違う。言う通り勧められた席に座ると、どうぞ、とお茶も勧められる。 (……なんか……すごい見られてる)  緋嶺はお茶を飲みながら、索冥の視線を痛いほど感じた。どうしてだ、と思いながら、彼を見て引きつった愛想笑いをすると、索冥は慌てて視線を逸らす。 「……それで、指輪は体内のどこにあるの?」 「……前立腺だ」  鷹使が代わりに答えた。癒着しているようだからどうやって取り出そうかと悩んでいる、と彼は言うと、索冥は顔を顰めて、また厄介な、と呟く。 「思ったんだが……」  鷹使は指輪について、ある仮説を立てた。  体内で気が集まる箇所に指輪を埋め込まれたこと、そしていつでも使えるようになっていること、緋嶺の力は不安定だということを合わせると、緋嶺が暴走しても殺されないように、緋月が考えてそうしたのかもしれない、と。  指輪さえ奪われなければ、緋嶺の命の保険はかけられるし、しかも体内となればそうそう見つからない。 「……考えたね」  索冥もその仮説に頷いた。どうやら緋月は本当に、緋嶺を生かす事だけを考えていたらしい。  索冥は緋嶺を見る。 「ヒスイが、君は望まれて産まれてきたし、何の罪もないと言っていた理由が分かった気がするよ」  と言っても、君の両親はかなりの変わり者だけどね、とふわりと笑った。緋嶺はその優しい笑顔に思わず見惚れると、横で嫉妬した鷹使がおい、と冷たい声を出す。 「しかもコイツは人間界に長くいる。鬼らしい性格など、直情型なくらいだ」  安全だと分かってくれたか? と鷹使は言うと、索冥は頷いた。 「さっき、ヒスイを助けてくれって泣いて……」 「それは言わなくて良い!」  サラッと鷹使にはバラしてほしくない事を言いかけた索冥を、緋嶺は声を上げて止める。クスクスと笑う索冥がとても綺麗で儚げに見えて、緋嶺は思わず顔を赤くした。 (この人、何か調子狂う……) 「……君の周りには、優しい人間がいたんだろうね」  だからヒスイも君に惹かれたのかな、と言う索冥。緋嶺は気まずくなって視線を逸らすと、鷹使は軽く咳払いをした。 「俺のだ、惚れるなよ? 大体何で急に協力的になった?」  緋嶺は誰が俺のだ、と鷹使を睨むけれど、彼は気にしていないようだ。最近本当に遠慮が無くなったな、と緋嶺は思う。  すると索冥は視線を逸らして少し頬を赤らめた。鷹使がその様子を見て眉間に皺を寄せる。 「ぼ、僕はただ単に、争わなくて良かったと思っただけだ」  それにこんなに素直で真っ直ぐな奴だと思わなかったし、とボソボソ言う。それで緋嶺はピンときたのだ、索冥はツンデレなのでは、と。 「だから、僕が診たらすぐに帰ってよ?」 「分かった、しばらく話し相手でここにいてやる」  索冥の言葉に緋嶺がそう答えると、ガタッと勢いよく索冥が立ち上がる。そして慌てたように、口をパクパクさせていた。しかし彼は鷹使の視線を感じたのか急に冷静な顔をし、席に座り直す。しかし動揺しているのが、机に置いた忙しなく動く指で分かる。 「と、と、とにかくっ、一度診るからっ。判断はそれからにしてよねっ」  ガタガタと派手な音を立てて索冥は立ち上がると、リビングを出て行ってしまった。どこへ行くのだろう、と思っていたら、顔を真っ赤にして戻って来る。そして、リビングに置いてあった施術用のベッドを指さした。 「……ここに、座って……」  消え入りそうな声で言った索冥は、どうやら動揺し過ぎて思わず部屋を出てしまったらしい。緋嶺は笑うと、索冥はふい、とそっぽを向いてしまった。

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