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chapter2 困惑 ③
「……フラ」
「大丈夫だ、パウ。何も心配することはない。私がいるから」
「俺の心配をしてくれるのは、とても嬉しい。しかし……」
「しかし? 悪いが、リクエストは聞かないよ。私の使命はパウを守ることだからね」
またぎゅーっと力を込める。
パウロは痛そうに眉をよせた。
「……すまない!」
気がついたフランツは慌てて手を放した。感情が高ぶると、つい力が入ってしまう。
「いや、いいんだ」
両手を撫でながら、パウロはわかっているというように笑った。
「でも、パウ。本当に、私の言うとおりにして欲しいんだ。ドイツへ一緒に行こう」
「ドイツ、ドイツって、壊れたオウムのように繰り返すなよ」
フランツはムッと唇を結んで、声のした方を振り返った。ロミオがわざとらしく耳に手を当てている。
「ドイツ、ドイツって連呼されたら、俺たちも危うくドイツ人になっちゃいそうだぜ」
「その心配はないな。君はヨーロッパからイタリアが消滅してもイタリア人だよ。安心していい」
「おいおい、俺たちがいなくなったら、寂しいだろう?」
「寂しくて、毎日目を覚ますのが愉快だろうね」
フランツは思いっきり言い返した。ロミオに対しては、もう何を言われても戦闘態勢に切り替わるようだ。
「本当に口が悪くてすまないな」
パウロは少々呆れている。
「しょうがないだろう、イタリア人なんだから」
「パウを一緒にしないでくれ」
ロミオが大げさに両手を広げた。
「口が悪いついでに、あんたに言っておくけど、別にドイツへ行かなくたって、解決はするんだぜ?」
「イタリアの警察なら、論外だ」
「あんなの、俺たちもいらないよ」
つまりさ、と続ける。
「新作を完成させればいいんだ。映画って言っても、動画でいいんだから。二時間くらいだったら、今日中でも大丈夫さ」
「それが撮れないから、困っているんだろう?」
「撮れるさ」
ロミオはあっさりと言う。
「ドンの希望の動画は撮れるんだ」
ベッドの上についていた手を離して、ひとさし指をまっすぐにフランツへ向けた。
「あんたが裸になれば、解決さ」
男にしては綺麗な指を向けられたフランツは、その指の先から何かが生まれてくるのではないかというように凝視した。だが、やや待ってから、自分の右手のひとさし指をゆっくりと胸に向けた。
「……私?」
「そう」
ロミオはおかしそうに頷く。
「さっきも言っただろう? ドイツ人でもOKだって」
「……いや、しかし」
「やめろ」
その場に鞭を打つような厳しい声が投げつけられた。
「ロミオ、フランツを巻き込むな」
「だってさ、他に誰もいないじゃないか。何がいけないんだ? 別に人殺しをしろって言っているわけじゃないんだぜ?」
「フランツは仕事でイタリアに来たんだ。ポルノ映画に出演するために来たわけじゃない」
「でも、今日パウロに会いに来たんだ。相手がいなくて困っているあんたのところにな。これはもう神のお導きだ」
さして信仰深くなさそうなロミオなのに、指で十字を切る。
「裸になって、二人でベッドの上で抱きあえばいいのさ。簡単だろう? 俺だってパウロとやっているのに」
「……えっ?!」
ちょっと放心していたフランツだったが、それで我に返った。
「パウと……やっている……?」
「そうさ。俺はパウロの映画ご用達のポルノ俳優さ。いい体しているだろう?」
フランツに見せつけるように、ベッドの上で腕を高く伸ばして、まるで誘うように首を傾げて見せた。
フランツは口を手で覆い、頭を軽く振った。ショックで息が止まるかと思った。
――パウが……
ゲイポルノの映画を撮っていると告白されただけでも十分衝撃だったのに、映画での話とはいえ、よりによって目の前にいる口の悪い若者からベッドでやったとの言葉を生で聞くのは、これまたショックだった。
落ち込んだ視線が、何かを求めるようにパウロへ行き着く。
「そんな目で見ないでくれ、フラ」
フランツの顔が、恥ずかしさで赤面する。
「それが俺の仕事なんだ。フラの仕事が、戦争になったら武器を持って敵と戦うように、俺はベッドの上で男とセックスをする。それだけだ」
「……すまない」
フランツは沈むように俯いた。胸が針で刺されているように痛かった。パウロの仕事はわかったつもりなのに、どうしてこれほどショックを受けているのか、自分でもわからなかった。
「きっと、妬いているんだぜ」
ロミオは腰をあげると、フランツの前に立ち、下から顔を覗き込む。
「あんた、パウロが大好きなんだろう? だったら、裸になるくらい平気だろう?」
「……それは」
「いいだろう? やってくれよ。俺がパウロと寝たと聞いて、そんなに悔しい顔をするくらいならさ」
「……私は、そんなこと思っては……」
「いいだろう?」
フランツの反論を押し潰すように、ロミオは続けざまに言う。
「あんたがやらないと、パウロは生きたまま硫酸で溶かされるか、ドンが飼っているピラニアの餌になるかのどっちかだぜ? いいのか?」
「……」
フランツは自分に選択する余地がないことに、ようやく気がついた。
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