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サイドストーリィ① 想いのゆくえ
「パウロ」
撮影が終わり、映像をチェックしていると、エミリアーノ・プラージが白いバスローブを無造作に羽織った姿で近寄ってきた。
「いい映像は撮れたのか?」
「ああ」
パウロは画面から目を離さずに頷く。
「お前が女神に愛されるアドニスように魅力的だ」
画面に映っているのは、ベッドの上で裸体のエミリアーノが両足を開かせられ、激しく腰を動かされているシーンだった。間断なく聞こえてくる声は、ひどく官能めいて刺激的だ。
「俺を愛してくれたのは、女神じゃないけどね」
エミリアーノはパウロの隣に立って、その自分の姿態を眺めながら、ちらっと視線を流した。画面でエミリアーノを抱いているのは、このゲイポルノ映画の監督兼主演男優である。
「すごく感じたぜ。いつもよりも、すごく良かった」
「お前の恋人が聞いたら、決闘を挑まれそうだな」
パウロは慣れた風に受け流す。ちょっと前まで、隣に立つ青年とカメラの前でセックスをしていたとは思えないような平静さだ。
「そんな奴、もういないさ」
エミリアーノも画面を覗き込む。二人のゲイポルノ俳優は、ベッドの上で舐めあうように交わっている。
「別れたのか?」
「そう」
どうでもいいことのように頷く。
「俺のこの仕事が気に入らないんだってさ。自分とやっている時よりも、悦んでいるようだって……ま、実際、そうだから、仕方がないさ」
最後はつけ足すように言って、映像から顔を上げると、パウロを振り返った。
「あんな奴、パウロには適わないよ」
どこか媚びるように言う。
「お前にとってはあんな奴でも、愛してくれたんだろう?」
画面には、絡みつくようにキスをする二人が映る。
「キスして、抱いてくれただけさ。それだけ」
ばっさりと切って捨てるような口調に、少しの未練も滲んではいない。
「俺も、キスして抱いただけだ」
パウロは映像を停止した。二人の姿は消え、画面は真っ暗になる。
「それ以上を求めるな」
「パウロ」
エミリアーノの声が引き止めるように熱を帯びる。
「それ以上は求めないよ。ただ、今夜どうだろうと思ってさ」
「独りは嫌なのか?」
「そうだよ。ベッドの上で熱くなりたいんだ」
パウロはテープの巻き戻しを始めた。撮影は今日で全て終了したので、明日からは編集の作業に入る。
「それとも、もう予定が入っている?」
パウロが何も言わないので、エミリアーノはちょっとだけ傷ついたような顔になった。
「他の男と寝るのか? もしかして、ロミオ?」
「本人が聞いたら怒るぞ」
パウロはその様子を想像して笑った。
「何でだよ。あいつ、生意気だ」
エミリアーノとロミオは仲が悪い。お互いに相手を貶しているが、似た者同士なので気があわないのだろうというのが第三者たちの意見である。
「お前も生意気だ」
もれなく同じ意見のパウロは、巻き戻したテープを取り出した。
「じゃあ……生意気な男はダメ?」
ロミオと同じくらいパウロの映画に出演しているエミリアーノは、自分のプライドを賭けた口調になる。
「――今夜なら、つき合える」
頭の中では、映画の編集を色々と考えていたが、そう返事をした。
「ほんと?」
エミリアーノはすぐに表情を輝かせる。
「ただし、お前の体は抱けるが、心は抱けない」
パウロは冷酷なことをやんわりと言う。
「別に構わないさ。それがパウロの抱き方だろう?」
エミリアーノは嬉しそうにバスローブの乱れを直す。
「パウロに心まで抱かれたら、きっと即死する。俺はまだまだセックスを楽しみたいから、体だけにしといてくれよ」
本音かジョークかよくわからない科白を吐くと、踵を返した。
「俺の家で待っている。絶対来てくれよ」
男を誘うのに相応しい笑顔を浮かべて、手を振りながら部屋を出て行った。
「……即死か」
パウロは閉じた扉をしばらく眺めてから、自嘲気味に呟く。
そのチョコレート色の瞳は、誰かを思い描いているかのように、物憂げとも諦めともつかないような色合いを浮かべていた――
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