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第7話

「あふぁあ」 特大のあくびをかました直後、音速で飛来したチョークが額に命中。 「いてっ!」 瞼の裏で星屑が爆ぜる。 「寝不足か烏丸。どうせ夜更かししてたんだろ」 「すいません……」 素直に謝り教科書に首を引っ込める。 今は二時限目の古文の授業中。 晴れた青空の下のグラウンドでは、別のクラスが体育の授業をしていた。マーカーで引かれた白線の枠内をジャージ姿の男女が走っている。 まあなんというか、絶好の居眠り日和だ。しかも前から三番目の窓際席ときて、昼寝には申し分ない条件がそろっていた。 不真面目な教え子を注意した教師が、和歌や俳句の枕詞である「ぬばたま」の解説を再開する。 「前回も話したが、ぬばたまは漢字で野干玉・烏玉・烏珠とも書く」 小気味良い音をたてチョークが走り、白い粉末が舞い散る。 達筆でしるされた「野干玉」「烏玉」「烏珠」の文字を、皆がノートに書き写す。 「これは黒や夜のイメージと結び付いてるんだ。由来は黒い色素を抽出するヒオウギの実のことだ。見たヤツはいないか、真っ黒い葡萄みたいな見た目で昔はよく雑木林になってた」 大半の生徒はマトモに聞いちゃいない。身を入れて聞いてるのは内申を気にするガリ勉位のもんで、机の下や教科書の影でスマホをいじったり漫画を読んでるヤツが多い。隣の女子はラメでデコったネイルの手入れをしていた。 それにしても、最近やけに「烏」の字を目にする。 自慢じゃないが俺の苗字はレアな方で、クラス替え恒例の自己紹介のたび珍しがられてきた。 偶然で片付けるにゃ嫌な連鎖。 「!んッ」 ズボンの生地が突っ張りケツを刺激。咄嗟に立てた教科書の影に伏せ、膝を強く閉じる。 「はあぁ……」 ぷっくり腫れた会陰に伸びきった縫い目が食い込み、生まれたてのバンビみてえに膝がカク付く。 その上椅子の天板と擦れてじれったい快感が生じ、気を抜くたんびに股に手が行く。 昨日、処女を切られた。 ヤッてる最中は気持ちよすぎてトんでたが、一夜たっても茶倉のテクで開発された体があちこち疼いて仕方ねえ。 特に後ろが切なくて苦しくて、なのに物足りねえジレンマに苛まれる。 ピンと勃った乳首が肌着と擦れて痛痒い。椅子とズボンが食い込んで、金玉や尻穴がきゅんきゅんする。 もし周りにバレたら学校生活が終わると頭じゃわかっていても、体の反応はちっともおさまってくんない。 本音をぶっちゃけりゃ、今すぐシャーペンをケツに突っ込んでほじくりてェ。ジッパーを下げて前をしごきまくりたい。 カラオケボックスのソファーに俺を押し倒し、好き放題もてあそんだ茶倉の冷たく整った顔が瞼に焼き付いて、こなれた愛撫を反芻するごと節操なく昂っていく。 昨日ヌいてもらったばかりなのに、なんで?数珠の濁りはリセットしたじゃん。 頭ん中を占めてるのはカラオケボックスで初お目見えした茶倉のペニス。 俺のと比べても長く太く格好よく、威風堂々反っていた。 アレを根元までしゃぶって、喉の奥に咥えて、そのあとケツにぶちこんでもらえたら…… 股間が固くいきりたち、下着ん中が蒸れていく。 やばい。 「ふぁッ、んっ」 左手で股ぐらを押さえ込み、机に突っ伏して発情の波をやり過ごす。乳首が潰れて気持ちいい。もっと強くぐりぐりする。やばい止まんねえ。口の端からたれた涎が教科書に染みてふやかす。 ふと視線を感じて隣を見りゃ、ネイルの手入れに飽きた女子が白い目で見ていた。 終わった。 さよなら、俺の青春。 「男ってホント馬鹿」 軽蔑の視線が突き刺さるのは机に広げたノート。その端っこには無意識に落書きしていたらしいちんぽ。モデルはもちろん茶倉のー 「先生、熱があるみてえなんで保健室へ行ってきます!」 挙手と同時に起立、脱走。 教師の許可を待たずに教室を飛び出し、まっしぐらに目指すのは男子トイレ。 前回と同じ一番奥の個室に駆け込んでばっちり施錠、下着ごとズボンをずり下ろす。 「んッ、んッ、んんッ」 ポケットに掛けたシャーペンをとり、キャップを嵌めたままぬぷぬぷ抜き差し。袖口を噛んで喘ぎを殺し、前立腺を重点的に突きまくる。 霊姦体質に目覚めてからアナニーは何度もしてる、最近はアナニー狂いといってもいい体たらく。だからどこを突けば気持ちよくなれるのか勘でわかる。 「あッ、茶倉ァ、もっとぉ」 くそっ、手が止まんねえ。授業サボってトイレでアナニーとか最低に惨めで泣きたくなる。 茶倉の名前を口走り呼び続ける傍ら、ぬぽぬぽペースを上げてシャーペンで前立腺をいじめ、我慢汁に塗れたペニスを育てていく。 絶対変だ。 異常だ。 いくら茶倉が上手いからって、昨日の今日でもうこんなになっちまうなんて。 『悪霊にぶちこまれたんやろ』 「んッ、んッ、んッ、そこッ」 Sっけたっぷりの笑顔ときめ細かい手の感触を反芻し、唾液でびしょ濡れの袖口を強く噛む。 『生娘みたいにピンクでめんこい色しとる。ユーレイにもさわらせたん、ここ』 「ふぁッ、んっぐ、ぁっあっ」 ペンじゃ物足りねえ。茶倉がいい。茶倉が欲しい。 乾いた繊維の味にえずき、それでもやめられずペンを回して抉り込み、絶頂へと駆け上っていく。 『悪霊とどっちがええ?』 「ちゃく、らぁ」 射精の瞬間瞼の裏を過ぎったのは、俺をソファーに押し倒しもてあそぶ茶倉の顔。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぁあっ」 震える手でペンを突っ込み、立ったまま絶頂を迎える。ペニスがピュッピュッと白濁を吹き、床のタイルを点々と汚す。 射精に至ってもケツはまだペンを食い締めたまま、なかなか離そうとしない。 自慰の最中偶然めくれた袖を見下ろし、既に濁り始めている数珠に驚く。 「なんで……」 昨日の夢のせい? 一気に熱が冷え、得体の知れない恐怖に蝕まれていく。 トイレットペーパーで証拠隠滅もとい後始末をし、入念に手を洗ってトイレを出たあと、上の空で廊下を歩く。 今朝は茶倉と待ち合わせしたのに、グロい夢のことを言いそびれた。 寝不足でぼんやりしてたし、内容がアレすぎてさすがにドン引きされるんじゃないかと躊躇いもした。 それ以上に抵抗を感じたのは、アレがただ痛くて怖いだけの夢じゃ終わらなかったからで。 「リョナ趣味なんかねえのに……」 世の中にゃ色んな性癖の持ち主がいる。友達とエロ本やエロビデオを貸し借りする中で、リョナラーと呼ばれる連中の存在も知ってはいた。 もちろん、俺はあてはまらない。 なのに夢ん中じゃ野原に仰向け、生きながらカラスに食われて、痛みと同時に快感を覚えていたのだ。 「あんなの生きたまま解剖されるようなもんじゃねえか。俺の節操は解剖実習のカエル以下か」 いくら拝み屋の孫でも、カラスに食われて夢精したとは言いにくい。今頼れるのは茶倉だけなのにアイツにまで見放されたら…… 『この程度で昇天すな』 俺をことあるごとにド淫乱呼ばわりしてドヤるアホを思い浮かべ、むかむかしてきた。 「……誰でもよくなんかねえし」 生きてるヤツもそうじゃねえのも、なんでみんな俺のカラダをおもちゃにしたがるんだ? 「どうしてもされんなら、アイツがいい」 少なくとも茶倉はあったかいし、上手いし、ちゃんと話が通じる。 ほんのちょっとだけど、俺のこと気にかけてくれる。 いやハジメテだから上手いとかよくわかんねえけど、悪霊よりはね? 静かな廊下にひとりぼっちなせいか、死ぬほど心細くなった。 とぼとぼ教室に戻る最中、開け放たれた窓のむこうを人影が通り過ぎていった。デジャビュ。案の定茶倉だ。堂々三限をサボっている。手には黒いかたまりを下げていた。 焼却炉に捨てられた死骸の山と、茶倉の自嘲的なセリフが甦る。 『俺は残飯処理係なんよ。取りこぼしぶんを始末する』 教室とは反対方向に足が動いた。 靴脱ぎ場で愛用のスニーカーに履き替え、パンジーが咲いた花壇に寄って軍手とスコップをゲットし、校舎をぐるりと回りこんで学ランの背中に追い付く。 「茶倉!」 旧校舎の裏側にて、カラスの死骸を掴んだ茶倉が振り向く。 「園芸部の借りてきた。素手じゃ大変だろ」 あっけにとられた茶倉に軍手を放り、風を切って近付いていく。 「サボりかい。確か古文やろ、寝オチ続出の」 「よく隣のクラスの授業表知ってんな」 「イカくさ。またトイレでマスかいてたん?」 「寝不足で保健室行ってたんだよ」 「悪い夢でも見たんか?」 「あとで話す。早いとこ埋めてやろうぜ」 カラスの死骸に顎をしゃくって促す。渋々しゃがむ茶倉の向かいで軍手をはめ、地面にスコップを突き立てる。手近に横たえられた黒いかたまりはできるだけ見ないようにした。 茶倉が無表情にスコップを突き刺し、小石がまじった土を掘り返す。 「気持ち悪くないんか、死んどんのに」 「悪くないことはない。色々ひでえ目にあわされたし」 「ならなんで」 「ほったらかしとくほうが気持ち悪い。せめて埋めてやりたい」 スコップで土を抉ってどかす。 「祭りでとった次の日浮いてた金魚も小4ん時クラスで飼ってたハムスターも、みんな俺が埋めた。目印はガリガリ君の棒」 「飼育係だったん」 「他のヤツがやりたがらなかったからなんとなく流れで」 「お人好しかアホくさ。道で轢かれた猫の死体とかも埋めとったんやろ、どうせ」 「お前ほどじゃないにしろあまのじゃくなんだよ。人や車がみんな避けてくから、逆に一直線に」 「カラスまっしぐらの烏丸」 「だじゃれかい」 茶倉がスコップで削り取った土を後ろに投げ、斜に構えた視線を向けてきた。 長い睫毛の影に沈む、茶色の虹彩が綺麗だ。 「善人な自分に酔っとるん?」 「かもな」 死んでからも野ざらしにされるのは嫌だ。昨夜の凄惨な夢を思い出し、スコップを裏返す。 「俺は人間だから、人間様らしく自己満なやり方で弔ってやりてえの」 茶倉が軽く目を見張る。 次いで切れ長のまなざしの険が氷解し、ごく淡い微笑が浮かぶ。 コイツでもこんな人間くさい温かみある表情ができるのかと、驚き半分感心半分手を止める。 「ガリガリ君の棒とかやっすい墓標。卒塔婆にしたって安上がりちゃうか」 「猫は猫缶に、犬はドッグフードの空き缶に水汲んで供えた。ゴミ捨て場にいくらでもあるし、実質ただじゃん」 「お前が霊に好かれんのわかる気するわ」 意味がわからず見返す。 神様が特に念入りに彫り上げたに違いない端正な顔の中、唇に微笑みの残滓が留まる。 わかっちゃいたがやっぱりすこぶる顔がいい、口さえ開かなきゃやんごとない美少年でまかり通る。中身は残念だけど。 とはいえ守銭奴関西人の茶倉も嫌いじゃない。コイツの強引さは頼もしさと同義だ。 なんだか照れ臭くなり、ペースを上げて穴を掘る。 「花壇借りれたら良かったんだけど、黙って遺棄はまずいか」 「園芸部が卒倒すんで」 「花があったほうがバエるじゃん?成仏早まりそうだし」 「色々考えとんな」 「鳥葬学園の|墓掘り名人《グレイヴデッカー》って呼んでくれ」 「鳥葬学園のセルフケツ掘り名人」 「ブチ殺すぞ」 思い出話を交えた共同作業を終え、亡骸を静かに寝かす。 元通り土を掛け、スコップの背で平らにならせば埋葬完了。繰り返し地面を叩く様子が砂遊び中の子どもみたいで微笑ましい。 「般若心経は唱えねェの」 「アレは人間が悟る為の経で鳥と関係あらへん。なんまんだぶでもいうとけや」 「なんまんだぶなんまんだぶ」 目を瞑り拝む俺をよそに、茶倉は無言のまま十数秒手を合わせていた。 旧校舎が差し掛ける影に包まれ、ここは涼しい。春には綺麗な桜も咲く。 気が済んで手を下ろすと同時に、ポーカーフェイスの茶倉がスコップの先端を突き付けてきた。瞳に圧がある。 「で、どんな夢?」 深呼吸で覚悟を決め、思い出すのもおぞましい夢の一部始終を告げる。 茶倉は真剣な表情で聞いてくれた。 時折「空は曇り?晴れ?時間は?」とか、「季節は?」とか質問を挟んでくる。 「カラスに食われとる間なに考えとったん」 「関係あんの?」 「わからん。そもそも聞かな関係あるかどうか判断できん」 「ご尤も」 で、俺は話した。生きたまま鳥に食われるのがなんでか気持ちよかった事や、昨日の今日で数珠が濁り始めている異常性を。 また「ド淫乱が」と罵られるんじゃないか身構えたが、茶倉は顎をなぞって考え込む。 静かすぎて怖い。 おそるおそる尋ねる。 「数珠がもー濁り始めてんのって夢と関係あんの?あの夢一体なんなんだよ、怖くて寝れねェよ。腸に痛覚あるとか初耳だよ」 「性感帯も」 「お前嫌い」 「へそ曲げんな」 「活け作りにされる鯛の気持ちがわかった」 「せいぜい解剖実習のカエルやろ」 「出世魚にしろよ」 茶倉が俺の手首を掴んで袖をめくる。数珠はさらに濁りを増していた。 「昔から眠りは死に近いって言われとる。夢を通じてあの世とこの世の境に迷い込んだり」 「臨死体験?」 「三途の川はド定番。霊姦体質さかい、夢を通じて呼ばれてもうたんかもな。夢に出てきたススキの丘は十中八九過去のここ、お前の身に起きたんは実際の出来事」 「大昔の誰かに起きた出来事を、無理矢理追体験させられたってのか」 ぞっとした。 茶倉が続ける。 「前にバリタチのHデバガメしたやん、アレと一緒」 「言い方」 「五感の共有まで強制されるんは災難やな」 「人の夢に断りなく猥褻物陳列してくなよふざけやがって。腸がでろんすんのが気持ちいいのは何で?俺リョナラーなの?いや待て、リョナラーはリョナるのが好きなヤツの総称だから度を越したドMが正しい?」 「脳の快楽物質の作用。動物にたまにおるやろ、獲物に毒針刺して気持ちよォさせんのが。ほんで自分でも気付かんうちに食べられてまうねん」 頭の上が唐突に翳る。 反射的に振り仰ぐ。逆光に黒く塗り潰された何かが風を切り、一直線に落ちてくる。 おもいきり突き飛ばされてすっ転ぶ。文句を言おうと口を開き、鼻先を掠めた逆さまの顔に凍り付く。 「満願成就の時は近し。鳥葬の丘に来たれり」 目と目が合った瞬間、ピンク色の唇が予言する。 「我はぬばたまの贄なり」 宙にばらけた黒髪をカラスの翼に見立て、墜落。 ぐしゃりと肉が潰れる音に次いで生温かい液体がはねとび、足元に死体が横たわる。 「魚住」 隣のクラスのギャルだった。 死体の向こうには俺を庇い、返り血をもろに浴びた茶倉が立ち尽くす。 校舎の上を旋回するカラスが葬列を組んでいるように見えた。

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